※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。
丸の内でもひと際目を引く総赤レンガの美しい建物。優雅で上品でありながら、重厚で圧巻のたたずまい。
外観だけでも息をのむほど壮麗な、三菱一号館美術館を訪れました。
| 日付 | 2026年8月19日 |
|---|---|
| 訪問先 | 三菱一号館美術館 |
| 使用中の機種 | TR72A |
ヒューマンスケールな空間が魅力の三菱一号館美術館
―― ほかの美術館とは違う、三菱 一号館美術館様ならではの魅力を教えてください。
当館は、1894年(明治27年)にジョサイア・コンドルが設計した丸の内初の洋風オフィスビル『旧三菱一号館』を、明治時代の工法にのっとって2009年に復元した建物なのですが、その中身を美術館として使うことになりました。
三菱一号館美術館の建物は、明治時代の近代洋風建築を忠実に復元した、歴史的・建築的に非常に価値の高い構造物です。
一般的な美術館は、『ホワイトキューブ』と呼ばれる真っ白な巨大な空間が一つあって、その中をどう仕切るかといった感じなのですが、元がオフィスビルだった当館は、『ヒューマンスケールな小部屋』が連続しているのが特徴ですね。

部屋に備え付けの暖炉を復元するなどして、当時の雰囲気をそのまま感じていただけるようになっています。こうした展示室の空間そのものも、魅力の一つだと思います。
―― 建物の構造、展示室の雰囲気、その時代の空気感、そして美術。すべてを融合して楽しめるところが魅力ということですね。
展覧会は、この建物が誕生した時代に合ったプログラムを中心に組んでいますので、当時の空気感を味わいながら想像を膨らませて、建築とアートが一体となった世界を楽しんでいただける。そこもまた、当館ならではの特徴かなと思います。
19世紀末の貴重なコレクションと厳格な環境基準
―― メインとなる展示作品について教えてください。
スペースの都合もあり、年に3回企画展を行い、併せて開かれる小企画展も毎回新しい内容なので、うちには『いつでも展示してある作品』というのはないのです。
そんな中で当館らしい所蔵品と言えば、19世紀末のフランスの作家の作品が多いことです。ロートレックやルドンをはじめ、版画のコレクションが結構分厚いのが、当館の大きな特徴かなと思います。
絵画や版画以外にも、当時のジャポニスムのコレクションや美しいティーカップなども収集しています。19世紀末から20世紀頭の、重要な美術の潮流に触れられる作品を所蔵しているところも強みですかね。
※三菱一号館美術館の主なコレクション
• アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック:国内有数を誇るリトグラフ、ポスターなど
• オディロン・ルドン:巨大なパステル画の名作『グラン・ブーケ(大きな花束)』と版画集『夢のなかで』など
• フェリックス・ヴァロットン:『公園、夕暮れ』と版画コレクション
• ジョン&ミヨコ・ウンノ・デイビー・コレクション:ミントンやロイヤル・ウースター、ティファニーなどによるティーカップやソーサーなど
• ジャポニスムのコレクション

―― 貴重な作品を良好な状態で保存・展示するために、特に気を使っているのはどんなところでしょうか?
温度も湿度も照度も全部大事。どれも絶対に欠かせない 3つのポイントです。
当館の基準は、温度は21℃(±2℃)、湿度は50%(±4%)を基準に設定しています。照度については作品によって変えており、油絵だったら 100㏓(ルクス)程度でもよいのですが、紙作品、版画は 50㏓。設定照度を変えて保存環境を保っています。
㏓(ルクス):光に照らされた面の明るさ(照度)を表す単位
―― それは美術品を借りる時に、条件として提示されるのでしょうか?
そうですね。もうこれはグローバルスタンダードだと思います。
ただ最近は、美術館業界全体で『自然環境への負荷をどう考えるか』という議論も出始めているんです。
厳密な保存環境を24時間365日維持しようとすると、莫大なエネルギーや光熱費がかかってしまいます。そのため、『少し基準を緩和して環境負荷を下げられないか』といった声もよく聞かれるようになりました。 これからの美術館の環境管理のあり方として、今後少しずつ変わっていく部分かもしれませんね。
赤レンガ建築のジレンマ
―― 現代の美術館として温湿度を一定に保つ上で、赤レンガの建物特有の難しさはありますか?
ありますね。レンガはその熱を蓄える能力が高く、温度変化がゆるやかです。だから冬場は室温が安定してよいのですが、問題は夏場で。太陽光と外気の影響によって熱くなってしまったレンガのその熱が、建物内に伝わってきてしまうという構造的な難しさがあります。もう、それははっきり。
それは空調で食い止めるしかないんですけど。放っておいたらどんどん熱くなっちゃう。
―― この素敵なレンガの建物とは裏腹に、美術館として環境を維持するには、難易度が高いですね。
高い!そういう意味では高いと思いますね。
――では、今まさに一番大変な季節ですね?
気を使うし、光熱費はかかってしまう。そこが一番大変かな。

「おんどとり」導入の決め手と展示室への設置
―― おんどとりを使用される前はどんな温湿度管理をされていたのですか?
一般的な美術館と同様で、毛髪式温湿度計です。定期的に紙を入れ替えて計測を続け、記録用紙を全て保管していました。
―― 数あるデータローガーの中から「おんどとり」を導入された決め手は何だったのでしょうか?
やはりオンライン上(クラウド)でデータ管理ができる点ですね。せっかくデジタルで温湿度が取得できたとしても、何かのデバイスを現場に持って行ってデータを収集するってなると、メリットが享受しにくいですね。
導入する時に長期修繕がありました。そこで全館にWi-Fiが開通できるという話だったから、それともセットでしたね。Wi-Fiがあればおんどとりはデータを無線で送信してくれるし、遠隔で管理もできるはずだと。

※展示室に馴染むようTR72Aにカバーを付けて設置
―― 館内のどういった場所におんどとりを設置されているんですか?
展示室ごとの温湿度データが必要なんですよ。うちの場合は特に小部屋で分かれているから、大きな部屋に 1か所だけ置いていたんじゃダメで、その部屋ごと、紙の計測器を置いていたところにおんどとりを壁に設置してますね。10~20台ぐらい常に稼働している感じかな。
導入後の劇的な変化
これは美術館業界あるあるなのですが、こちらの貴重な作品をお借りしたいってお願いしに行くじゃないですか。そうすると、じゃあ飾りたい場所の、同じ季節の温湿度データをくださいって言われるんですよ。貸す前に、そこがきちんとしているのかっていうのを知りたいと。
前だったら紙を全部めくって、1週間分だったらここからここまでとかね。 1ヶ月分欲しいって言われたら、更にその箇所が増えるわけだし、その分コピーもしなきゃいけない。
おんどとりを入れてからは、オンラインで管理して、 T&D Graphでデータを切り出して。それはすごいやりやすくなりましたね。
T&D Graph:
データロガーの記録ファイルを読み込み・切り取り・結合・編集・印刷・保存およびグラフ表示ができる弊社のソフトウェア
別々のデータでも繋げればいいですし、指定期間のグラフの切り出しが T&D Graphですごくやりやすくなっているから、提出を求められたときに楽になったなって、最近それを改めて感じました。

そういう風にデータを見せるっていう使い方と、あとは規定の温度とか湿度が何らかの理由で超えたとか下回ったとか、異常が起きた時に報告してもらうことになっていて。そういうウォッチしてくださっている方が館内にいて、常時監視している状態ですね。
――おんどとりを設置して、かなりメリットがあったっていうことですね。
そうですね。そこはもう劇的に負担がなくなった。実感としてはすごく楽になったと思いますよ。
収蔵庫もオンライン化によって一緒に管理できるようになって、電池交換だけで済むようになったので、だいぶ良くなったと思います。
――おんどとりWeb Storage(クラウド)がなかったら使われてなかったですよね?
それは使ってない!
T&D Graphと本体がいかに優れていても、Web Storageがなかったら無理だった。
購入を決めて修繕中に使い始めた時は、まだWi-Fiが開通していなかったから、私が 1台ずつBluetoothでデータを回収してまわっていたんですよ。それで実際Web Storageに送れるようになったら、やっぱりすごく楽になって。だから私は余計にありがたみを感じていますね。
”カフェ”に集う芸術家ー印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで
―― 現在開催中の展覧会について教えてください。
”カフェ”というと、お茶や食事を楽しむ場所、というのが一般的かと思います。19世紀後半のカフェはそれだけでなく、芸術家たちが新しい芸術とはなにかってことを議論して、実践へと踏み出すような場所だったんですね。
一人で何かやるより、そこに行けば仲間がいて、お互いに刺激を与え合うというか。そういう場所として機能していた。そこからマネや印象派の画家たちの才能が花開くステップになったとも言われていて。そこでお酒を飲んだり、語り合ったりする人々の姿も描かれるようになりました。
今回の展覧会では、そういう歴史を追いつつ、ロートレックやシェレが描いたポスター芸術、さらにはスペイン・バルセロナの作家たちとの関わりからピカソへと繋がるところまでを紹介しています。
※東京・三菱一号館美術館では9月23日に閉幕、現在は広島・ひろしま美術館へ巡回中(10月3日~2027年1月11日)

※フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》
―― 展示されている約130点の名作の中で、お勧めの作品はどれですか?
私のお勧めは、やはり今回の展覧会のポスターにもなっている『マドレーヌ』という作品です。
今回はフランス作家の作品がほとんどなのですが、実はフランスからは1枚も借りていません。すべて日本国内のコレクションを展示しています。ただ、唯一スペインのバルセロナ近郊にあるモンセラット修道院まで行って、特別にお借りしてきた作品が2枚あって。そのうちの1枚が、スペインの画家ラモン・カザスが描いたこの『マドレーヌ』です。
描かれているのは『マドレーヌ』っていう実在した女性なんですけど、パリのモンマルトルの丘にあった『ムーラン・ド・ラ・ガレット』という、とりわけ有名な店で一人たたずむ様子が描かれています。

※ラモン・カザス《マドレーヌ》とカバーを付けて設置されているおんどとり
実は作者のカザス自身、このムーラン・ド・ラ・ガレットに2〜3年ほど間借りして住んでいました。その間に制作もしていて。バルセロナからパリへ鉄道でやってきた人たちが関わることで、カフェ・カルチャーが広がっていくというおもしろさがこの作品から伝わってくる。
さらに面白いのが、このマドレーヌという女性は、ロートレックのモデルもやっています。カザスもロートレックも同じ彼女を描いている。「すると2人は知り合いだったのでは?」と思うのですが、それを裏付ける証拠はぜんぜん出てこなくてそこはわからない。
ただ、そんな想像をさせてくれる作品でもあり、『カフェ』というテーマらしい、魅力的な作品ですね。
時空を超えたアートの世界。美しき赤レンガの名建築と、当時を彷彿とさせる空間、19世紀の傑作たちを守り抜く使命がそこにはありました。当時の芸術家たちが織り成した貴重な美術品の数々を、最高の状態で繋ぎ、後世へ繋いでいく。そんな熱き想いと重責に、「おんどとり」がデータ管理の面から伴走し、一端を担えていることを誇りに思うのでした。
学芸員の岩瀬様、三菱一号館美術館に関わるスタッフの皆様、この度は素敵なお話・想いを聞かせてくださり、ありがとうございました。
三菱一号館美術館
学芸員 岩瀬様による展覧会解説動画はこちら。(※動画再生時は音声が出ますのでご注意ください。)
学芸員が語るカフェ展【前半】
学芸員が語るカフェ展【後半】




