Yukichi

東京の酒蔵で活躍するおんどとり

※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。

今回の取材では、東京都福生市で酒蔵を構える石川酒造株式会社を訪問した。福生市は1時間程で都心にアクセスできる自然環境にも恵まれた地域である。多摩川や玉川上水といった水資源とともに発展してきたこの地で、石川酒造は江戸時代から酒造りを行っている。長い歴史を持つこの酒蔵は日本酒だけでなく、クラフトビールの製造も行っている。「酒飲みのテーマパーク」と銘打ち、敷地内には飲食店や宿泊施設が設けられている。また、蔵の敷地内を散策できるようになっていて、地域に開かれた酒蔵としての顔も持つ。
一方、その賑わいの裏には日々の変わらぬ酒造りの現場がある。酒造りは気温や湿度といった環境条件に大きく左右される繊細な仕事である。特に発酵の工程では、わずかな変化が酒の仕上がりに影響を与える。その酒造りの中で重要な役割を担っているのが「おんどとり」である。本記事では、同社がおんどとりを導入する前と後で何が変わったのか、そして現場にもたらした意外なメリットを杜氏の前迫様に伺った。

杜氏(とうじ)とは、酒造りの全工程を取り仕切る最高責任者を指す。

日付 2025年12月25日
訪問先 石川酒造株式会社 様
使用機器 TR71A・TR41A
使用目的 酒造りにおける温度管理

まずはじめに、貴社について教えてください

前迫様
石川酒造の成り立ちですが、1863年に酒造りを始めたようです。元々は庄屋で小作人に田畑を貸したり、所有している山から木材を調達して木炭や木材を江戸の町へ供給していました。庄屋なので小作人からお米を徴収し、それを年貢として幕府に納めていたのですが、余ったお米をどうするか、となった時に始めたのが日本酒製造だったようです。
この時代、余剰米をどうするかという課題を日本中で抱えていたようです。地域によって余剰米の活かし方は異なるようですが、例えば長野県の方では味噌や日本酒製造を行ったり、お米が取れない地域では余剰の麦を使って焼酎や醤油を作ったりと、日本各地の庄屋が余った米や麦を有効活用した結果、発酵食品が生まれたようです。

――発酵食品はそうやって生まれたのですか。石川酒造様では年間でどれくらいの量の日本酒を生産されているのですか?

前迫様
約180,000Lですね。業界用語でいうと約1,000石(こく)という言い方になります。「石」は酒造業界で使われる単位なのですが、1石あたり180Lなので、約180,000Lの計算になります。あちらにある「No.293」と書かれた緑色のタンクに9,680Lと記載されていますが、あのタンクでいうと、約18本分を生産しているイメージです。

――他のタンクも大きいですが、「No.293」は特に存在感が違いますね。ビールも製造されていると思いますが、こちらはどれくらいの量を生産されているのですか?

前迫様
ビールも日本酒と同じくらいの量を生産しています。

――ビールはいつから製造しているのですか?

前迫様
1998年からですね。今から30年程前、日本酒の出荷量が減少した時期があって対策を考えていました。そんな時に、石川家の歴史を振り返ってみたらビール製造を行っていた記録があったんです。1887年にビール製造を行っていたものの、技術的な問題から3年程で製造を中止したようです。それを復活させて盛り返そう、ということで、1998年にビール製造を再開しました。現在は「多摩の恵」というクラフトビールを製造しています。

石川酒造様における、お酒造りのこだわりを教えてください

前迫様
石川酒造は東京都の多摩地域に酒蔵を構えています。地方の酒蔵とは異なり、周囲は住宅が多く、気候条件や設備投資面に制約があります。また、東京産の酒に対して「地方の名産地には及ばないのではないか」という先入観を持たれることも少なくありません。たしかに、お米は他県から仕入れて、使う水は東京の地下水というとあまりポジティブな印象を与えないかもしれません。
この辺りは八王子市や立川市といった大きな商圏が近いのですが、どのようにして、遠方の東北地方や九州地方に私たちの商品を知っていただくかが課題と感じています。そこで、私たちが取り組み始めたのが「酒飲みのテーマパーク」です。これは蔵の敷地内に飲食店や宿泊施設を設けて「酒」と「食」を蔵元で体験してもらおうという取り組みです。日本酒の味はもちろん大事ですが、それと同じくらいこだわっているのは「おいしさ」を支えるストーリー作りです。日本酒は食品なので一番目に「おいしさ」を位置づけるべきなのですが、これを敢えて4番目・5番目に位置づけて、違う文脈やストーリーを上位に位置づけて「おいしさ」を感じてもらおう、というのが私たちのこだわりですね。

――開かれた蔵でお酒を飲む、宿泊する、といった体験から「おいしさ」を作っていこう、という試みでしょうか。

前迫様
そうです。そして一度きりのおいしさではなく、いつ飲んでも同じ品質を届けられるよう、石川酒造では味の安定性や再現性を重視してきました。その中核を担うのが、酒造りにおける温度管理です。

――日本酒とビール製造において温度管理はとても重要になると思いますが、それぞれでおんどとりをご利用いただいているのでしょうか?

前迫様
はい、それぞれで利用しています。HACCPに対応していく過程の中でおんどとりの導入を決めました。

――ビールの場合、おんどとりをどのように活用されているのですか?

前迫様
タンクのビールを瓶詰した後の温度管理ですね。冷蔵庫で保管しているのですが、庫内で保管する際の温度管理でおんどとりを利用しています。出荷するまでの保管温度をおんどとりで記録して、なにか問題が起きた時はそれをデータとして検証するという使い方をしています。

HACCPとは、Hazard (危害)・Analysis (分析)・Critical (重要)・Control (管理・制御)・Point (点) の頭文字をとった言葉で、食品の安全を確保するための衛生管理手法を指す。2021年6月からすべての食品関連事業者に対して HACCPに沿った衛生管理が義務化された。

おんどとり導入前はどのように温度を管理されていたのですか?

前迫様
日本酒造りを例に挙げると、発酵室やタンク周辺にアナログの温度計を設置して担当者が定期的に確認し、紙に記録していました。酒蔵としてはごく一般的な管理方法です。

――おんどとりを知っていただいたきっかけを教えてください。

前迫様
タンクに元から設置されていた温度管理システムを使っていたのですが、これが故障してしまったんです。同じシステムを一から導入すると数百万円の費用が発生するので、どうにかならないかとインターネットで検索していたらティアンドデイのおんどとりにたどり着きました。

――導入前にデモ機でお試しいただいたのでしょうか。

前迫様
いえ、既存の温度管理システムの導入費用と比べたらおんどとりはお手頃でしたので、購入して試しました。そうしたら「これいいね!」となったので、台数を増やしました。

――お使いの機種とその台数を教えてください。

前迫様
TR41Aを6台、TR71Aを3台使ってます。TR41Aはこの本蔵や製麹室内の温度管理で使用しています。TR71Aはオプションのステンレス保護管タイプのセンサに付け替えて製麹や醪の温度管理で利用しています。

おんどとりを導入したことで、なにか変化はありましたか?

前迫様
おんどとりを導入してから気が付いたのですが、おんどとりはただ温度を測るだけの機器ではないと思います。データとして蓄積し、変化の流れを見られることが最大の特徴であると考えます。これにより、石川酒造の温度管理は手書きによる「点」の確認から「線」の管理へと変わっていきました。

――点から線の管理に変わったことで、どのような変化が起きたのでしょうか?

前迫様
まず、この変化によって意外な発見がありました。それは発酵の温度変化が「山」として見えたことです。おんどとりで記録された温度データをグラフで見ると、菌の発酵による温度上昇と、冷却装置によって冷やされた温度変化が山なりの周期として現れます。そのグラフの山の形の立ち上がり方、ピークの高さ、下がり方が酒の味わいを左右することがわかったのです。これまで感覚的に捉えていた発酵の進み具合を形として全員で共有できるようになりました。「今回はこの山を狙おう」「前回と同じ形になっているか」こうした会話が共通のグラフを見ながらできるようになりました。これは意外な発見です。
また、おんどとり導入後、現場で大きく変わったのは会話の質です。以前は「大丈夫そうだから」とか「経験的に」という判断が「この時点で温度がこう動いているから」という説明に変わりました。これは、単に管理が厳しくなったということではありません。判断の根拠が共有されるようになったという変化です。

――経験による判断から、客観的なデータを基にした判断に変わったのですね。

前迫様
発酵の工程では、夜間や早朝に温度が動くこともあります。従来の記録方法ではその変化をリアルタイムで把握することは難しく、「朝来て初めて気づく」というケースもありました。そしてもう一つの大きな課題は、判断が属人化していたことです。「このくらいなら大丈夫」「今日は少し様子を見よう」こうした判断は、長年の経験によって培われます。しかし、経験者がいなければできない酒造りは、再現性や引き継ぎの面でリスクをはらみます。温度を測っていたものの、「なぜこの判断をしたのか」を後から説明できる材料が不足していたのが、導入前の実情でした。
加えて、酒造りにおいて同じ味を出し続けることは非常に難しいことです。おんどとりを導入してから温度変化を記録・蓄積することで、うまくいった仕込みを後から振り返ることができるようになりました。「あの時の温度推移はどうだったか」「どのタイミングで何が起きたか」を確認できることは次の仕込みへの大きなヒントになります。結果として、味のブレが減り、現場には安心感が生まれました。
ちなみに、ビールの発酵状態もこの手法を用いて管理しているのですが、2025年の「ジャパン・グレートビア・アワーズ」で金賞を受賞できました。

――おんどとりが金賞の支えになることができて大変光栄です。TR71Aには警報機能が備わっていますが、この機能は利用されているのでしょうか。

前迫様
はい、利用しています。超えてほしくない温度があるので、その温度を超えたら警報メールを受け取れるようにしています。例えば、醪を造る工程ではタンクの外側にパイプを這わせて、そこに冷却水を流してタンク内の温度上昇を抑えています。ただ、この冷却装置の動作が安定せず、一時的に止まってしまうことがあります。止まってしまうと冷却水自体の温度が上昇してしまいます。それを予知するために冷却水の温度を監視して警報メールで通知を受け取れるようにし、なにか異常が発生した場合は駆けつけて対処する体制を作っています。

――冷却水の温度管理でご利用いただいているとは予想外でした。その体制によって品質事故の防止に役立てていただいているのですね。

先ほどHACCPという言葉が出てきましたが、伝統的な酒造りの手法に現代的な衛生管理であるHACCPを取り入れることは難しかったのではないですか?

前迫様
たしかに難しいのですが、私自身、高校・大学を通して食品に関して学んできた経歴があります。大学では醸造科で日本酒を専攻し、卒論も日本酒をテーマにしました。石川酒造に入ってからは、これまで学んだお酒の知識をベースにHACCPを勉強しました。法改正によってHACCPを守らなければいけなくなりましたので、石川酒造独自のこだわりを維持しつつ、HACCP対応しなければいけない部分はしっかりと対応する。このように考えながら日々の酒造りに向き合っています。

名刺を拝見すると、酒造ものづくりマイスター+DX「日本第一号」という記載がありますね。これはどういうものなのでしょうか?

前迫様
これは厚生労働省から認定された資格なのですが、酒造りの分野では私が第一人者となっています。規模の大きいIoTシステムは使わず、ECサイトで手に入るIoT機器を組み合わせるのが私のDXの考えです。おんどとりもそうですが、ペットカメラといったようにECサイトでも手に入るようなコストを抑えて導入できるIoT機器を使っています。コストを抑えた機器の導入であれば、自分たちの環境に合わなかったら引き返すことができます。このように、様々な機器を導入して織り交ぜて運用していたら、酒造ものづくりマイスター+DXの認定を受けることができたという流れですね。

――そういった取り組みがまた、他の従業員の方にもいい影響を与えているのですね。

前迫様
そうですね。実は弊社は8人体制で酒造りを行っているのですが、その内の5人は知的・身体的なハンディキャップを持っています。こういった方々が働きやすい環境を作ることもDXを取り入れた理由の一つです。

――グラフの山の形がお酒の品質を左右するというお話がありましたが、これはハンディキャップを持つ方々にも役立っているのでしょうか。

前迫様
そうですね。先ほどもお話ししましたが、温度管理は酒造りの品質を大きく左右します。
しかし、数字だけを並べても従業員間で共通認識を持つのは難しいです。そこで石川酒造では、温度変化を「山の数」で判断する方法を取り入れました。例えば、24時間の中でグラフの山が3つできていたらOK、グラフの山が4つになったら次回は温度設定を見直す、といった視覚的な判断基準を設けています。

――山の数を判断基準とすれば一目瞭然ですね。作業工程の変化に貢献することができ、大変嬉しく思います。

お使いいただいている中でこういう機能があるといいな、と思うものがあれば教えてください

前迫様
設定の変更履歴がデータと紐づくといいなと思います。石川酒造では、TR71Aに測る場所の名称を設定して温度を測定するのですが、名称を変更した履歴と記録したデータが紐づいてくれると便利だなと思います。TR71Aは日によって測定する場所を変えながら使っています。例えば、今日は「A」の製麹の温度管理で使って、次の日は「B」の製麹の温度管理で使う、というイメージです。ただ、名称変更をするとデータはリセットされてしまいます。データを出力した時に、どの日時に名称を変更したのか、どこからが名称を変更した後のデータなのかが分かるとより使いやすくなるのではないかと思います。

――たしかに、現在の仕様ではお話しいただいた機能は備わっていません。今後の品質向上に向けたヒントにさせていただきます。貴重なご意見をありがとうございました。

最後に、前迫様のおすすめの日本酒の飲み方があれば教えてください

前迫様
これはもう、好きなように飲んでほしいですね。日本酒はストレートで飲まなくていいですよ、とお伝えしたいです。例えば、炭酸水やコーラ、ジンジャーエール等で割って飲んでいただいても構わないと私は思ってます。それで物足りないなと感じてきたら、ストレートで飲んでください。自分で日本酒を作っていて思うんですが、飲み慣れていない人が15%のアルコールを飲むのって結構きついんですよね。なので最初は、アルコール濃度を下げてキュッと飲んでほしいです。

――日本酒を割って飲んでもいいものなのですか?

前迫様
いいですよ。むしろ割って飲んでいくことをおすすめしてます。日本酒はストレートじゃないとだめなんでしょ、というイメージが強いと思います。実際はそうではなくて、もっと自由に飲んでいいんだよ、というのをお伝えしたいですね。
あと、おすすめの食べ物は唐揚げですね。ハイボールと合わせるイメージがあると思いますが、石川酒造の日本酒は唐揚げや餃子、回鍋肉等、現代人が普段から食べている物と合うように意識して造っています。
例えば、日本酒はお刺身等と合わせて飲むイメージがあると思いますが、お刺身を毎日食べているわけではないですよね。それよりも、普段の生活の中で馴染みのある食べ物と合わせて日本酒を飲んでほしいなと思います。

――私も日本酒は割ってはいけないし、なんとなくお寿司や刺身等と合わせるイメージを持っていました。私はお酒が強い方ではないので、割って飲むスタイルを試したいと思います。

この度は貴重なお話をしていただき、誠にありがとうございました。

おわりに

酒造りという繊細なものづくりの現場に勘や経験だけではなく、データという客観的要素が加わったことで、品質を支える欠かせない存在となった。
この先も、おんどとりは現場の状況を見える化しながら日々の品質管理を支え、ものづくりに貢献する存在であり続けたいと感じた。

石川酒造株式会社様のリンクはこちら

ライタープロフィール

Yukichi

Yukichi

東京Base所属。 星の写真撮ったりしてます。