※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。
日本刀の展示を前にすると、私たちはその美しさに驚嘆し、ときにその凄みに息をのむ。
しかし、その一振りが「見られる状態」であり続けるために、どれほど多くの配慮と判断が積み重ねられているかを、意識する機会は決して多くない。
名古屋刀剣博物館では、刀剣をはじめ、甲冑や浮世絵といった多様な資料の「本物」を展示している。
本物を見せるという方針は、博物館としての大きな魅力であると同時に資料を環境の変化にさらすという選択でもある。
見せる文化と、守る責任。その両立は、決して簡単なものではない。
今回は名古屋市栄の名古屋刀剣博物館本館を訪れ、副館長の島﨑さんに展示品・収蔵品の温湿度管理についてお話を伺った。
館内の案内もしていただき、現場を拝見しながら、数値だけでは語りきれない管理の難しさや、そのための工夫を知ることができた。
| 日付 | 2025年12月15日 |
|---|---|
| 訪問先 | 名古屋刀剣博物館 様 |
| 使用機器 | TR-72wb |
| 使用目的 | 刀剣をはじめとする展示・保管資料の温湿度管理 |
まずは、名古屋刀剣博物館の成り立ちや特徴について教えてください。

名古屋刀剣博物館は、もともとの母体である東建コーポレーション株式会社 会長の私的コレクションから始まりました。
会長は20代で刀剣に興味を持ち、購入したことが収集のきっかけだと聞いています。
現在は東建コーポレーションのCSR事業の一つとして、学芸員に加えて広報や運営スタッフも含め、会社の一事業として運営しています。会長は2025年に亡くなりましたが、その想いを受け継いで活動を続けています。
収蔵品は、刀剣を中心に甲冑・鉄砲・浮世絵なども多く、総点数は3,000点を超えています。
内訳としては刀剣約550振、鉄砲約400点、甲冑約150点、浮世絵800点弱で、ほかにも武具や調度品など細かな資料があります。
ここ、栄の本館は2024年にオープンしたばかりで、分館として名古屋市丸の内と三重県桑名市多度にも展示室を設けています。
――貴館の一番の「目玉」は何ですか?
やはり刀剣です。当館で所蔵している国の指定品(国宝・重要文化財)はすべて刀で、国宝1点、重要文化財10点があります。
――展示全体の特徴は何でしょうか。
企画展は毎回テーマを設け、館蔵品を中心に展示しています。
常設展示としては甲冑・鉄砲・浮世絵のコーナーがあります。鉄砲展示は常設で見られるものとしては規模が相当大きいと思っています。浮世絵は約780点ありますが、紙ものは退色するため展示替えが前提です。
また、当館は展示点数の多さも特徴で、会長が掲げていた「とにかくたくさん見せる」という方針を受け継いで運用しています。同規模の館と比較して2~3倍の点数を展示しているかと思います。
――刀剣全般の情報を扱う専門サイト「刀剣ワールド」の内容も非常に充実していますね。
実は本館は当初、2020年のオープン予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で開館が大きく遅れました。
ただ、会長には「リアルとバーチャルの両方で博物館をつくる」という明確な理念がありました。実際の展示空間と同時に、ウェブ上でも博物館として情報を発信していく、という考え方です。
なので、本館の開館以前からウェブサイトの整備が始まっていました。それが現在の大規模な情報サイト「刀剣ワールド」につながっています。
私は2021年に着任しましたが、その時点ですでに非常に多くの情報を持つサイトになっていました。
昨年、本館というリアルな器がオープンし、ウェブでの取り組みが現実の展示空間として結実した形です。
日本刀に関心を持つ海外の方も多く、日本語が分からなくても写真などで楽しんでいただいているようです。多言語対応は課題ですが、文化普及の観点で一定の役割を果たしていると感じています。
温湿度管理で「おんどとり」を導入された経緯を教えてください。

導入自体は私の着任以前、2020年の開館準備の段階で既に行われていました。社内の設備・設計担当者が中心となって進めたそうです。
「長期間安定して測定できること」
「計測値を自動収集してクラウドで簡単に確認できること」
「異常時にメールでアラートを受け取れること」
が評価されたと聞いています。
導入前はアナログの温湿度計を設置し、館内を巡回しながら手書きで記録する運用が中心だったそうだ。この方法では異常に気づくまでにタイムラグがあり、記録が点としてしか残らないため、長期傾向や季節変動も把握しづらい課題があったとのこと。
――文化財を扱う施設として、温湿度の基準づくりはどのように進めたのでしょう。
当館は国指定品を含む資料を所蔵しています。
そのため、開館にあたっては文化庁など関係機関とも協議しました。
博物館の現場経験が豊富ではない中で必要な知識を学びながら体制を整え、刀剣だけでなく甲冑やその他の資料も含め、さまざまな素材の資料を同時に扱う博物館であることから、温度22℃・湿度55%を基本設定にしました。
湿度については、刀剣を扱う他の博物館へもヒアリングした結果、55%に決定しました。温度は季節によってどうしても差が出るため、ある程度の幅を持たせて運用する前提です。
刀剣は鉄が主素材で湿度が高いと錆のリスクが高まる。一方、甲冑は鉄に加えて革・漆・布などの素材が組み合わさり、乾湿の変動で割れや剥離が起きやすい。さらに、紙資料や工芸品も素材ごとに許容範囲が異なる。そうした違いがあるからこそ、極端に振れない中庸な設定として「22℃・55%」を軸に置き、日々観測しながら調整していく考え方が採用された。その設定の確認・維持のためにおんどとりが使われている。

――開館までの準備期間が長かったことは、運用に影響しましたか。
当初は全館を22℃・55%で運用することを目標にしていました。
開館延期でクローズ期間が長くなり、結果として季節を何周もする試行時間が取れたことは大きかったと思います。
実際にどこまで設定値を維持できるかを試し、展示ケースの内外や収蔵庫も含めて、まずは湿度55%を維持することを重視して運用をスタートしました。
――運用してみて、想定と違った点はありましたか。
あります。
来館者の動線による空気の流入などの影響で、展示ケースごとに温湿度のばらつきがどうしても出ます。
また、当館には密閉性の高いエアタイトケースとそうでないケースが混在しているため、ケースによって環境の安定性に差が出ます。
さらに今年(2025年)は夏が長く、その影響で建物全体の温湿度が大きく変動して想定どおりにいかない場面が増えました。
だからこそ、おんどとりでデータを継続的に取りながら今後の設定を検討しています。
保存状態を良くしたいのであれば、見せないのが一番だと思うのですが…。

それは展示に関わる人みんなが考えたことがあると思います。
ただ、文化を普及させる目的で公開している以上、影響を考えながら展示を続けていかなければいけません。
温湿度の影響で特に怖いのはカビや結露です。
刀剣には拵(こしらえ=鞘・柄・鍔など日本刀の外装部分の総称)が付属しているものが多く、当館では刀身と拵を一緒に展示する方針です。
拵には漆が使われ、漆はある程度の湿度が必要なので、それが55%にしている理由の一つでもあります。刀身だけならもう少し湿度を下げても構いませんが、拵も含めた全体で考える必要があります。条件次第では拵もカビますので。
――レプリカ展示という選択肢はありますか。
刀について、当館にレプリカはありません。
ものを出さない場合はパネル展示、出すなら本物を出す、という方針です。
多くの博物館で資料の保管スペースや管理体制の維持が課題になる中(いわゆる「収蔵庫問題」)、「データだけ残していけばいいのでは?」という議論もありますが、現場としては簡単に割り切れません。まさしく百聞は一見に如かずで、やはり本物を見ていただきたい。
そのために、より良い環境で展示できるよう管理を続けていきます。
現在のおんどとりの使い方を教えてください。

機種はTR-72wbで統一し、本館は全館でWi-Fiを通してデータを自動収集しています。
私が着任した当初はWi-Fiが通っていない場所もあって、Wi-Fiが届く場所は自動収集(30分間隔)、届かない場所はスタッフが巡回してBluetoothでスマホやタブレットにデータを吸い上げていました。ただ、これを毎日続けるのは現実的に厳しいということで、全館Wi-Fi化を進めました。
国指定品を扱う階は特に、異常値があれば24時間すぐ気づける状態が望ましいわけです。建物の空調設備は中央監視で見ていても、展示ケースの中はケースごとの確認が必要です。特別展の部屋では1ケースに1台入れているため、いざという時にすぐ対応できる体制にしたかった、という背景もあります。
朝来たらまず管理画面で異常がないことを確認します。目視確認もしますが、クラウドで状況を把握できる安心感は大きいです。
――全ケース内におんどとりを入れている部屋もあるのですね。
展示ケース内は室内空間より変化が緩やかな一方、わずかな変動が長時間積み重なるため、保存状態に大きく影響します。ケース内に設置して細かな変動を継続的に記録することで、展示設計や環境調整の評価・改善につなげています。
――警報(メール通知)はどのように設定していますか。
当館は展示室が複数階にまたがっているのですが、各階でメインになる機器を1〜2台決め、まずそこで警報が出たら様子を見る運用です。
私たちは日中しか館にいないので…。突発的な上昇で判断が難しい場合もありますが、とんでもない数値が出た場合は、館の防災センターが24時間稼働しているので、必要があれば「現場を見に行ってほしい」と依頼できる体制にしています。
これまで実際にそのようなケースはありませんが、いざという時に動けるようにしているということです。
――クラウドでデータが見られる点は、メリットとして感じられますか?
そうですね。「見る」となったときに、数値化されたものがパッと出せるのが大きいです。
おんどとりは主に展示ケース内の温湿度を測定していて、そのデータを展示室内(ケース外)の空間や収蔵庫のデータと比較し、場所ごとの差を確認しています。
特に収蔵庫は、建物側の空調システムでも温湿度データを取得しているため、現場側で取得した値との間に大きな乖離がないかを見ています。差が大きく出た場合は、原因を確認します。
こうしてデータを共有できることで、学芸員と設備担当が感覚や経験だけでなく、同じ数値を見ながら議論できる点も大きいとのこと。
展示の考え方と設備の制御が分断されず、「この展示条件なら、この数値はどうか」と共通言語で話せることが、博物館運営全体の安定につながっているそうだ。
おんどとりの活用方法として、他にどんなものがありますか?

24時間データが取れるので、たとえば夜間に空調を切ったらどうなるか、といった検証にも使っています。
展示室ではなく、ミュージアムショップの入り口の空間におんどとりを置いて、勤務時間に合わせて空調を点けたり消したりした場合に室内環境にどれくらい影響があるかを試しています。影響が少なければ、空調の運転時間を減らして光熱費の削減につなげられる可能性もあります。
あと空調の話で言うと、当館の空調は系統が複数ありまして、展示室・一般ビル・収蔵庫で分かれ、さらに展示フロアでも系統が違い、入っている設備も異なります。それぞれが同じ性能ではないので調整が難しいんです。
そんな中、ドアが閉められない、一部空調が点けられないなどの設備不良が起きた場合は、他と調整しながらどうなるかを見ていくことになります。そんなときも、おんどとりが役に立ちます。
――年間を通して、特に注意が必要な時期はありますか?
やはり夏、特に温湿度がぐっと上がってくる梅雨の時期以降、それと真冬です。
名古屋の夏の、外気が40℃近く、湿度80〜90%の状況で館内を55%まで落とすのは大変ですし、真冬は乾いて湿度が20%を割ってくる日もありますので。
夏は除湿、冬は加湿。調湿剤を入れ、夏は除湿機を入れることもあり、ケースごとに手段を重ねます。
以前は春秋の気候のいい時期に送風だけにする期間を決めるなどの取り決めもありましたが、近年それではうまくいかないです。来館者の出入りで開閉が増えますし、そもそも春秋が短くなって以前の取り決めではまるっきり駄目だと感じています。
だからこそ、基本はおんどとりの数値を見つつ、温湿度がどんな曲線を描いているかを常に追いながら、設定や運用を見直していく必要があります。
温湿度データはどう保管されていますか?たとえば保存期間が決まっているとか…。
おんどとりのデータは、常にずっと取っています。
書類のように何年保存するという考え方ではなくて、とにかく貯めておく。
後で見返したときに、「去年と今年で8月の1か月間はどう違うか」とか「入館者数や夜間開館をしたときでどう変わるか」などを比較できるようにしたいからです。
スマートフォンでもクラウドでも館のサーバーでも保存しておいて、後で整理して見る。
ただ、異常が起きたときに原因を比べたり対応したりするためにも、分析の時間はもう少し取る必要があるとは感じています。いまは日々の管理で精一杯ですけれども。
――分館の温湿度管理はどのようにされているのでしょうか。
分館にもおんどとりを設置していますが、Wi-Fi環境やセキュリティ事情が施設ごとに違い、どうしても行ったときに見るしかない状態です。それでもデータの比較自体はしていています。データの蓄積が進んで、将来的には展示替えをしたときのブレの予測のようなことまでできるといいよね、という話はしています。
今後、温湿度以外に測りたいものはありますか?
今も有機酸やアンモニアなど、環境測定はいろいろやっているんですけれども、そういったものが一元的にまとまって見えるといいなとは思います。
今までやっていなくて、これからやろうとしているのは照度です。日当たりや西日の差し方、方角で環境が大きく違ってきますから。
あとは、壁面温度も見たいですね。展示ケースのすぐ外が外壁という場所も多く、外の影響を強く受けます。ケース内の温度が安定していても、壁面がすごく温かくなったり冷えたりすることによる別の問題がありまして。
本館の立地は街中ですが、名古屋高速が近くて、東側は神社で自然が多い。同じフロアでも東側が夏に非常に暑くなることがあり、理由を辿ると隣が神社で遮るものがないからだったとか…。
あと、この辺りはビル風がとんでもなく強くて、建物の角の場所は躯体からの冷えで結露しやすいとか、館の立地条件が効いてくるんです。
都市型でありつつ虫など別の問題もありますし、空気環境も排気などの影響があり得るなど、気をつけなければいけないことが多いですね。
最後に、運用を続ける上でのポイントは?

長く担当しているとなんとなく分かる部分が出てきますが、そうでない人はどの数値がどんな意味を持つのか分からない。
どんな数値、どんな変化が許容範囲なのか。情報を共有しやすくして、何かあったときに対応しやすくするためにも、データや見え方がひとつにまとまるといい、と感じています。
名古屋という大都市のど真ん中。
ビル風や排気ガス、そして気候変動による季節ごとの激しい温湿度変化。
そうした目に見えない相手から、数百年にわたって受け継がれてきた刀剣を守り続ける。
そのための道具の一つとして私たちの製品が使われていることに、改めて誇りと責任を感じた。
島﨑さん、そして名古屋刀剣博物館のスタッフの皆様、
このたびは貴重なお話と館内のご案内を本当にありがとうございました。




