※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。
日付 | 2022年9月21日 |
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訪問先 | 高山理化精機株式会社 |
おんどとりは一部の製品を除いて校正を行うことができるが、この校正という作業をどのような場所で行っているか想像できるだろうか。今回私たちはその校正業務を委託している長野県松本市の高山理化精機株式会社へ訪問し、校正サービス課の矢島様にお話を伺った。私自身は過去に一度校正現場を見学させていただいたことがあったのだが、今回改めて取材をお願いし、どのような現場でどういったやり方で校正を行っているのかを拝見した。また、お客様からよく問い合わせを受ける質問についても伺ってきた。
では、早速ですが高山理化精機株式会社についてご紹介ください。
矢島さん「弊社は創業以来70余年にわたり地域のお客様への密着を基本理念に計測器・試験機・情報機器・科学機器を軸とした営業を展開しています。また、計測器・試験機の校正・保守サービス、CAD/CAM/CAE システムの開発及び販売・導入サポート・システムコンサルティング事業も展開しています。弊社が扱う製品を日々の暮らしの中で目にする機会はなかなかありませんが、皆様が普段使用しているような製品の製造・試験・分析等には欠かせないものを販売しています。」
校正とはどのようなものなのか具体的に教えてください。
矢島さん「校正とは*標準器と計測器が示す値との関係を確立する作業のことです。定期的に校正を行って計測器のズレを把握し、それを管理すればその計測器で測定した結果に問題がなかったかを確認をすることができます。ちょっとこの説明だと分かりづらいと思うので分かりやすく説明すると、まず温度計をイメージしてみてください。例えばその温度計が 25℃ を表示しているとします。それを見るとその環境は 25℃ なんだなと思ってしまいますが、実はその温度計は 2℃ 高く表示する温度計だとしたらそこから 2℃ 差し引く必要があるので、実際の温度は 23℃ ということになります。よって、そこには 2℃ の誤差があることになります。計測器は経年劣化等によって誤差が生じるケースがあるため、表示されているその温度が必ずしも正しいとは言い難いのです。普段の生活の中で多少の誤差はあまり気になりませんが、もしこれが正確な測定を必要とする製造現場で使用されていたとしたらその誤差が製品の品質等に悪影響を与える可能性があります。そういったリスクを避けるためにも校正はとても重要なものであるといえます。計測器が持つ誤差を知っておけば品質に悪影響を及ぼすことを防ぐことができるので、計測器は定期的に管理する必要があります。」
*標準器とは
温度計などの測定器を検査・校正するために使用する計測機器の原器を指します。ここでいう原器というのは、校正の基準となる正確性が担保された計測器を指します。
――お話しいただいた例のように標準器が 25℃ を表示しているのに対して計測器が 23℃ を表示した場合、他の温度で比較しても同じような誤差が生じるのでしょうか。例えば、標準器が 10℃ を表示すれば計測器は 8℃ を表示するといったようにどの温度で比較しても 2℃ の誤差が生じるものなのか教えてください。
矢島さん「標準器と計測器に 2℃ の誤差があるからどの温度で比較しても同じ誤差があるとは限りません。今回のケースなら 10℃ と 25℃ の 2点で校正を取ることをお勧めします。プラスα でお勧めするのは、真ん中の温度にあたる 17℃ といった 3点で校正を取ればその計測器が持つ誤差の方向性が見えてきます。もっと細かく校正を取ればその計測器が持つ誤差の特性が見えてきますが、校正ポイントが増えればその分費用がかかってしまいますので、必要に応じた範囲の校正を取ることが大切かと思います。ちなみに最も多かった校正ポイントは温度だけで 7点でした。」
――7点も校正を取るケースがあるとは驚きでした。たしかに、それだけ校正ポイントがあればその計測器が持つ誤差の特性をより正確に確認することができますね。
貴社のような校正機関はどのような仕組みで認証機関として認可されるのでしょうか?
矢島さん「弊社の校正サービスは品質マネジメントシステム (ISO9001) の要求事項から校正サービスの品質システムを構築していますので、認証機関にその運用状況が要求事項に適合していることが認められれば認証を得ることができます。ISO の認証機関はいくつもありますので、必要な認証を行っている第三者機関へ依頼して審査していただきます。この審査で規格の要求事項が運用に反映されていることが認められれば、認証証明書が発行されるという流れになります。要求事項の中には重要項目というものがあるのですが、これを私たちの業務にどう置き換えて実施しているかが重要になります。認証というととても厳しく監査される印象があると思いますが、通常の業務を ISO9001 の要求事項に置き換えて日々の業務の中で実施できていれば不適合になるということは考えにくいです。実際の業務をシステムに落とし込んで構築し、効果的な結果が出ていれば問題ありません。また、審査機関からよく言われるのは、ISO の認証維持のために実際の業務を合わせるのではなく実際の業務に ISO9001 をうまく利用して効果を出すというのが理想的です。弊社ではその点に注意して ISO でガチガチにならないよう自分たちでできることをうまくシステムにあてはめて効果を出すことに重点を置いています。」
そもそもですが、温度・湿度の校正は絶対に必要なものなのでしょうか?
矢島さん「温度・湿度の校正は絶対に必要なものというわけではありません。計測器を使用されるお客様の業種にもよりますし、ISO9001 と似たようなマネジメントシステムを採用していて、その規格の中で計測器の校正を実施しなければならないという要求があれば校正は必要となります。全てのお客様が必ず校正が必要であるというわけではなく、お客様が携わる業務や測定結果が製品に与える影響を考えて校正が必要かどうかを判断していただくことになります。少し話が逸れますが、自動車業界や航空・宇宙業界は少しでも品質が基準に満たなければ大きな事故の原因になる可能性がありますので、こういった業界で使用される計測器は校正の要求レベルが高くなります。」
――校正の要求レベルが高くなるというのは、具体的にどういうことなのでしょうか?
矢島さん「この場合、ISO9001 ではなく、JCSS校正といったISO17025 に基づく校正を求められます。ISO9001 は独自に校正サービスを作ってそれが認証機関から認証されれば問題なく校正を実施できるのですが、JCSS校正といった上位の校正になるとその校正業務自体の妥当性や正確性、試験を行う者の力量といった部分の要求レベルが高くなります。力量は ISO9001 においても重要視されます。例えば、新しく入社した社員に校正を任せるにはどういう教育をしていけばその力量に到達できるか、といったことを考えなければなりません。弊社では社内資格認定を行っていて、ある程度のレベルに達するまで校正の社内資格認定を行わないという規定があります。そのレベルへ到達するために教育目標を掲げて、既定のレベルに到達したら資格認定をしてようやく校正業務を行うことができるようになります。お預かりした計測器の校正結果に影響を与える可能性がありますので、このような仕組みを採っています。」
――作業者に対する教育制度もしっかりと構築されているのですね。専門知識を持った方が校正業務を担当されるということを知ることができ、とても頼もしく思えました。
「校正=調整を含むサービス」という前提で問合せをいただくことがよくあります。校正結果に基づいてその誤差を ±0℃/±0% に調整する必要はないのでしょうか?
矢島さん「前半部分でご説明したように、校正とは標準器と計測器が示す値との関係を確認する作業ですので、誤差分の調整までは含まれていません。まず校正を行って計測器の状態を把握し、その後の対応についてはお客様の管理基準に従って調整・修理・メンテナンス等を行うかを決定する判断材料の一つとして校正証明書を活用いただいております。例えば、校正した結果 0.2℃ 分のズレがあることが判明した場合でもそれは管理基準内であり、問題ないと判断された場合、その計測器が持つ 0.2℃分の誤差を意識して使用いただくことになります。計測器の中には値を調整して表示できるものもありますが、それができない場合、実際に測定した値に対して誤差分の値を差し引いて運用いただく必要があります。一方で、0.2℃ の誤差が品質に影響を与える可能性があると判断された場合、センサ交換を行うお客様もいらっしゃいます。もしこういった管理基準がない場合は、校正結果がお客様の製品等に与える影響を考慮し、お客様ご自身で管理基準を定めていただく必要があります。」
校正はどれくらいの頻度で行う必要があるのでしょうか?
矢島さん「温度・湿度に関していうと、何年に1度校正を取らなければならないという決まりはありません。基本的にはお客様ご自身で校正の周期を決めていただき、その管理ポリシーに基づいて校正依頼をかけていただくということになります。ただ、もし仮に 3年周期といった長い周期で校正を取る場合、3年後に校正依頼をかけた時に例えば 1℃ の誤差が判明したら、それはいつからズレていたのかわかりません。そうなった場合、3年前まで遡っていかなければならない事態になります。また、校正の周期を短くし過ぎても、使用している計測器が校正のために絶え間なく出払ってしまうと実際に計測で使える期間が1ヶ月しかないといった事態になってしまうケースもあります。こういった事態に陥らないためにも、弊社では1年に1度の校正をお勧めしています。この周期であれば校正結果に対するリスクを軽減できると思います。もし1年に1度校正を取ってもあまり誤差が見られないようでしたら、2年に1度といったように校正の周期を変えてみるのも一つの方法かと思います。校正は費用がかかるものですので、計測器の使用頻度や校正の結果が与える影響といった部分を考慮して校正の周期を決定していただくことが大事だと思います。」
「校正は合否判定を伴うもの」と認識されている方が多くいらっしゃいますが、貴社では合否判定を行っていないのでしょうか?
矢島さん「この質問は弊社においても多くお問合せいただきますが、弊社では校正結果による合否判定は行っておりません。その理由としては、お客様の中で管理基準が定められている場合、合否の判断基準が異なるためです。よって、合否判定を行わないというより弊社では合否を判断することができないということになります。例えば、±2℃ の誤差であれば問題ないとするお客様や、±1℃ の誤差は問題であると判断するお客様もいらっしゃるので、弊社の方で一概に合否の判断を行うことができません。この場合、お客様が測定する製品に与える影響を考慮して管理基準を定めていただく必要があります。その校正の結果を基に不合格とするのか、不合格ならばセンサを交換するのか、またその誤差分を把握した上でルールを決めて運用していくのか、といったことをご判断いただくことになります。」
――校正の頻度・校正の結果から判明した誤差をどう判断するかは、お客様が設けた管理基準に従うのが基本なのですね。
校正に有効期限はあるのでしょうか?
矢島さん「弊社でも校正に有効期限があるか多くお問合せいただきますが、校正結果に有効期限はありません。校正は測定した時点での結果を証明するものなので、その先の有効期限を設定することはできません。校正を行った後も何らかの負荷がかかったりすることがありますし、校正を行った後に計測器がどのような推移を辿ってズレていくか見通しを立てることはできないのです。そのため、校正周期をお客様ご自身で決定し校正依頼をかけていただいております。」
――貴社が発行する校正証明書の中に有効期限を記載していますが、これは全く別物なのでしょうか?
矢島さん「たしかに弊社が発行する校正証明書の中に有効期限を記載していますが、これは校正で使用した弊社の標準器に対する期限になります。ご依頼いただいた計測器の校正結果に対する期限ではありません。この標準器も定期的に校正しているので、弊社が定めたその有効期限を校正証明書に記載しています。また、標準器の中には 1次標準器と2次標準器と呼ばれるものがあります。1次標準器は弊社から外部の機関へ校正依頼をかけているものになります。2次標準器は外部から戻ってきた 1次標準器を使って弊社内で校正したものを指します。稀にお客様から標準器を指定して校正依頼をいただくことがあります。標準器の有効期限や実施している校正の状況によって使用できる標準器が異なるため指定することはできませんが、どちらの標準器もトレーサビリティ体系図で国家標準器まで繋がっていることを確認することができます。
*トレーサビリティとは
トレーサビリティとは英語表記では「traceability」で、「追跡可能性」といった意味合いになります。つまり、依頼に出した計測器が適切に校正されていること。また、その計測器の校正を行う標準器が国家標準まで遡ることができることをトレーサビリティといいます。
――ここから場所を移し、実際に校正を行う現場でお話を伺った――
それでは、実際にどのような環境で校正を行っているのか教えてください。
矢島さん「校正の実施環境としましては23℃±5℃、50%±20%の環境で実施しております。校正環境の温度・湿度測定には T&D 社のおんどとりを使用しております。この測定器の校正は社内にて年に1回実施しています。」
校正の依頼で指定された温度・湿度の環境はどのようにして作っているのか教えてください。
矢島さん「温度校正は空気槽、または液槽を使用しています。液槽の場合は純水・エタノール・シリコンオイルを冷却または加熱して、依頼いただいた指定の温度環境を作ります。そして標準器と測定器を同じ環境に入れて比較校正を行います。校正を行う上で一番難しいのは、指定の温度・湿度環境を作ることです。例えば、60℃ の環境を作ってみると 60.2℃ になってしまったりするので、温度が安定するまで待って何度も調整を重ねて指定の温度環境を作ります。この調整に関する作業は多くの手間と時間を費やしますので、校正ポイントが多くなる程お時間を頂戴するため、その分納期がかかってしまいます。そこで効率よく校正を行う工夫として、その日に校正を行う温度帯に近い依頼案件のものを集めて、温度変化をなるべく少なくして一日に実施できる台数を増やして効率良く校正するようにしています。」
矢島さん「湿度校正は湿度発生槽を使用し、依頼いただいた指定の湿度環境を作ります。これは鏡面冷却式露点計というもので、気体を装置の中にある鏡面上に通して結露させて結露ポイントを探します。槽内は温度センサで測定しており、今現在 24.88℃ を表示しています。そしてもう一か所温度を測定しており、そちらは 23.28℃ と表示していますが、これは露点温度というもので乾いた空気の温度と露点温度を測り、その関係性から湿度を算出しています。今現在の湿度発生槽は 90% くらいになりますが、ここまで上げるのに1時間くらい要します。
――温度や湿度の校正を行うにはこのような装置を使って指定の環境を作っているのですね。シリコンオイルはトロトロしていて思わず触れてみたくなりますが、標準器は 130℃ を示しているので、触れたら大変なことになりますね。
温度・湿度の校正作業を行う上で大変なこと、気を付けていることがあれば教えてください。
矢島さん「校正を実施する上で大変なことは指定の温度・湿度環境を作ることです。指定の温度・湿度環境にならない場合は何度も調整を行うので、校正を実施できる環境になるまでかなりの時間を要します。例えば、室温環境から -70℃ に下げるだけでも相当な時間がかかります。約3時間くらいはかかるので、そういう場合はタイマー機能を使って朝5時くらいに起動するようにして出社した頃には -70℃ になっている状態を作ってできるだけ多くの校正を行えるように工夫しています。タイマー機能が搭載されていなかった頃は朝早く出社して、温度が安定するまで 3 ~ 4時間くらい待ってようやく校正を行えるといった状況でした。逆に 200℃ といった超高温環境を作るのも時間がかかります。もう一つ大変なことは、校正を行った後、ある程度の温度にまで落ち着くまで作業を終了させられないことです。装置が超低温・超高温状態のまま帰宅することは大変危険ですので、これらの温度環境が落ち着くまで待たなければいけないのも大変です。そして気を付けていることは、お客様の大事な計測器をお預かりしておりますので、取扱いはとても慎重に行います。また、校正はお客様がお使いになる上で製品等の品質に関わりますので、校正設備の管理・標準器の精度管理を徹底し、高精度・信頼性の高い校正サービスをご提供できるよう心掛けています。」
――温度・湿度の校正が終わったら作業終了、とはいかないのですね。たしかに超低温環境や超高温環境を作ったまま放置するのは危険ですし、こういった見えないところで大変苦労されていることがよく分かりました。また、計測器を取り扱う際はたくさんの苦労と細心の注意を払って校正を行っていただいているのですね。とても頼もしく思います。
最後に校正に対する思いや校正業務を行う上で大切にしていることをお聞かせ下さい。
矢島さん「信頼性の高い校正サービスを実施・提供することが弊社の使命だと思っています。実際に製造現場等で使われている計測器をお預かりして校正を行うということは、間接的にお客様のお役に立てていると思いますので、一生懸命やらなければならないなという思いが強くなります。また、業界によって厳しく管理されているところもありますので、私たちが行った校正結果が間違っていたということが決してないよう、より一層気を引き締めて業務を行うこと。これが校正業務を行う上で大切にしていることです。弊社が行う校正業務は決して目立つようなことではないのですが、校正という観点からお客様の抱える問題の解決・品質向上の一助となれるよう、日々測定技術を磨き品質向上に努めていきたいと考えます。」
校正が果たす役割やそれを実際に行う方の声を直接伺うことができ、私自身もとても勉強になりました。私たち T&D のおんどとりの温度・湿度の校正は今回取材に応じていただいた高山理化精機株式会社へ委託しています。本記事でご紹介したように同社では ISO9001 に則ったマネジメント下で校正を行っておりますので、今後も安心してご依頼ください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。