※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。
今回の取材は Instagram がきっかけだった。
ある日フィードを眺めていると、T&D の投稿にいつもリアクションしてくださるアカウントが目に留まった。何かのご縁を感じ、そのアカウントを拝見すると、弊社のスマホアプリ 「T&D Thermo」 の画面を写した写真が投稿されていた。その他にも、色鮮やかなパプリカや葱を収穫する様子が投稿されており、どうやら農業関連でおんどとりを活用いただいているようだ。早速この方に DM をお送りして取材を申し込むと、快く引き受けてくださった。今回は滋賀県の「あかね農園」様に伺い、おんどとりをどのようにご活用いただいているのか、お話をお聞きした。
[拝見した T&D Thermo の画面]
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日付 | 2024年10月4日 |
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訪問先 | あかね農園様 |
使用機器 | TR-71wf・TR-72wf・TR-71wb・TR71A・DoValve |
使用目的 | 芽出しの温度管理・ハウス内の温湿度管理・自動潅水 |
早速ですが、上田様のご経歴を教えていただけますか?
上田氏
まずはじめに、私は自閉スペクトラム症(ASD・発達障害の一種)をもっています。これは農業を始めたきっかけと関わるので、子どもの頃からお話しさせていただきます。私は幼少期から他の子どもたちと交流することが難しく、通信簿には「他の子と仲良く遊ぶ様子がなく、一人でいることが心配です」とよく書かれていました。中学校に上がった頃、もしかすると私は自閉スペクトラム症なのかもしれないと疑い、文献で調べたりしたのですが、当時は知的障害のない自閉スペクトラム症はほとんど認知されておらず、答えは分からないまま時は流れ、高校・大学を卒業しました。就職氷河期の影響で職に就くことが難しく、卒業後はフリーターになりました。私はコミュニケーションが苦手であることを自覚していたので、働きながらコミュニケーションを学ぶことができれば、という思いからコールセンターで働き始めました。
コールセンターで働く傍ら、正社員雇用を目指し、簿記の勉強をしていました。そして、小さい工場から未経験者も就業可能な経理の仕事のお話をいただき、派遣社員として経験を積みました。その後、転職して経理の正社員になることができたのですが、そこで適応障害とうつ病を発症し、更に発達障害の診断を受けました。ここで、長年はっきりしなかった自閉スペクトラム症の診断を受けました。
その後、障がい者手帳を取得し、障がい者雇用枠で3社を経験しましたが、組織で働くことは難しいと感じ退職しました。その頃、父が仕事をリタイアし、元々持っていた農地で農業を始めていました。また、父は近所にある「内野営農組合」という組織に所属して、「安土信長葱」という白葱も作っていました。そこで父に「私にも農業をやらせてもらえないだろうか?」と相談し、父の下で農業を学びました。また、専門的な知識を身に付けるため、農業大学校を受験しました。翌年、就農科に合格し、1年間の実習・講義・研修を経て現在就農5年目となります。
――心の病を抱えながら働くことは大変だったと思います。就職された頃はどのあたりで働かれていたのですか?
上田氏
大阪・京都で働いていました。通うのに2時間程かかって大変でしたが、都会には人手が足りない企業が比較的多かったので、就職することができました。また、私自身、滋賀県内から出たくないという思いもあり、敢えて長距離通勤を選びました。
農業大学校ではどのようなことを学ぶのでしょうか?
上田氏
主に栽培と経営について学びます。栽培の研修では、ハウス1棟を借りて自分が育てたい野菜を作らせてもらいました。入学する前、卒業後に自分が何の農業をするか計画して提出するのですが、私はパプリカと白葱を選択しました。白葱は父から教わっていたので、主にパプリカについて学びたいと思い、研修ではパプリカを作りました。この研修の時、個人的におんどとりとモバイルルータを持ち込んで、温度管理をしていました。
――入学する前からおんどとりの存在を知っていたのですか?
上田氏
入学とほぼ同時くらいに知ったと思います。父の下で白葱を学んでいた頃は、通信機能等を搭載していない温度計を使って管理していました。その温度計は最高温度・最低温度を記録するタイプだったのですが、そのデータを手書きで転記する作業が大変でした。このご時世、こういった手作業を自動化できる機器があるのではないかと思い、探したところ、おんどとりを見つけました。入学後は父の畑に行くことができなくなるので、父に説明して TR-71wf とルータを置かせてもらいました。父は技術職だったので、おんどとりの存在を知っていて、「そのメーカーさんの製品なら大丈夫だろう」ということもあり、設置に至りました。
現在、おんどとりはどのように使われているのでしょうか?
上田氏
パプリカのハウスには DoValve と TR-72wf を設置しています。あかね農園では害虫を駆除するため、微生物 (カビ) を利用した生物農薬を利用しています。その微生物にしっかりと働いてもらうには「農薬散布後、温度20~27℃、湿度75%以上を15~24時間保つ」必要がありますので、農薬散布後はウェブ上で TR-72wf の温湿度データを確認しています。また、パプリカには暑さに強い品種と寒さに強い品種が存在します。おんどとりを導入した1年目は記録を残してそのデータを種苗会社さんに見てもらい、うちのハウスではどの品種のパプリカが育てやすいか判断していただく材料として活用しました。私は普段 Mac を使用しているのですが、解析用のソフトウェア等が対応していないので父から Windows PC を借りて解析しました。この時、ソフトウェアを無償で提供されていることに驚きました。「本当に無料で使っていいんですか?」と思いながら使わせてもらいました。お金を出して使うものですよ、これは。
――ありがとうございます。T&D の製品をご購入いただくと、ソフトウェアを始めとしたアプリ、クラウドサービスを無料で利用いただけるようになっています。ただ、現状 Mac 対応版のソフトウェアはございません。Mac をお使いになっているユーザ様も多くいらっしゃることは事実ですので、今後の課題とさせていただきます。
白葱の方では、おんどとりをどのように活用いただいているのでしょうか?
上田氏
主に芽出しをする時の温度管理で利用しています。芽出しは温度管理がとても重要で、おんどとりなしでは成立しません。種まき後は冷えないように温床というホットカーペットのような装置を利用して温めています。コントローラーを使って制御するのですが、暴走すると意図せず温度を上げてしまうことがあります。その異常を知るために、おんどとりを設置して管理しています。葱の発芽は15〜25℃ が適した温度で、35℃を超えるともう発芽しません。おんどとりの記録間隔は10分、温度異常があったら警報メールを送信する設定にしています。
――温床のコントローラーは高い頻度で暴走するのですか?
上田氏
頻度としては高くありません。ただ、暴走して35℃を超えてしまうと取り返しがつかなくなります。仕組みとしては、温床のセンサを地中に埋めておき、設定した温度を下回ると通電して温めるという仕組みなのですが、何らかの原因でこのセンサが地中から外れることがあります。すると、センサが冷えるので温床の温度を上げ続けてしまいます。これを暴走と言っているのですが、この温度上昇をいち早く知るために、温床をセットしたら TR-71wf も設置して地温を管理しています。積算温度が大体100℃を満たすと発芽するので、5~7日くらいで発芽します。なので、芽出し作業を行う期間は胃をキリキリさせながら おんどとり Web Storage を見ています。その1週間は本当におんどとりが頼りです……!
ここから私たちはパプリカのハウスへ移動して製品を設置いただいている様子を拝見した。ハウスに入ると、真っ赤なパプリカが迎えてくれた。
このハウスでは、どのような品種のパプリカを生産しているのですか?
上田氏
オランダの種苗メーカーの品種を生産していて、長野県に縁のある品種も栽培しています。例えばスピードスケートの小平奈緒選手から名付けられた「コダイラ」や「ナガノ」といった8つの品種を生産しています。オランダはスピードスケート発祥の国でもあるので、冬季オリンピックに由来した名前を付けることが多いようです。ちなみに、あかね農園では生産していませんが、「サッポロ」という品種もあるんですよ。
――そんな由来があるとは知りませんでした。
ハウス内を見渡すと入り口付近に「DoValve」が設置されているのを発見した。
DoValve はどのようにご活用いただいているのでしょうか?
上田氏
DoValve は毎朝天気予報を確認して設定します。特に便利だと感じるのは、ハウス内の温度が急に上がった時に、離れた場所から無線LAN 経由でマニュアル散水ができる点です。この機能があるのは本当に助かります。実はこのハウスを設計する時に、他社様の潅水装置をご提案いただいたのですが、どうしても DoValve を入れてもらいたくて施行会社さんに貴社のカタログをお見せして設置してもらいました。他社メーカー様の潅水装置は、設定を変更する度にハウスまで来て操作する必要がありましたが、DoValve は無線LAN 経由で離れた場所から散水指示を出したり、事前に設定した内容を変更することができるので、この利便性が DoValve を導入した決め手になりました。
――水やりはどれくらいの頻度で行っているのですか?
上田氏
今日のような雨の日は10分間の水やりを1日3回程度で行います。夏の最盛期には1時間半おきに15分間散水する設定にしていて、それを例えば7時から18時の間に実行しています。天候によって水をあげる量が変わるので、アプリで随時設定変更できるのはすごくありがたいです。あと、ハウスに入る前に靴を履き替えていただきましたが、これはパプリカを病気にする菌の侵入を防ぐために行っています。例えば、白葱の畑作業を行っていると泥だらけになるので、手動操作が必要な灌水装置の場合、靴を履き替えてから中に入る必要があります。でも、DoValve なら Bluetooth通信で設定変更ができるので、ハウスへ入らず入口付近からアプリで設定変更でき、とても役立っています。
――状況に応じて無線LAN と Bluetoothを使い分けて設定していらっしゃるのですね。DoValve の活用事例をお聞かせいただきありがとうございます。
おんどとりはどのあたりに設置されているのですか?
上田氏
TR-72wf をハウスの中間あたりの手が届く高さに設置しています。本当はもう少し高い位置に置きたいのですが、電池交換を行いやすくするためにこの位置にしています。また、この機器は防水仕様になっていないので、使い終わったウェットティッシュの箱に入れています。通気性が良くなるように百葉箱を真似て工作しました。
――液晶を囲む枠が経年変化で茶色くなっていますね。 元々この枠は赤い色なのですが、このように変化したおんどとりを拝見したのは初めてです。長らくご愛用いただきありがとうございます。
ここから白葱の圃場へ移動し、お話を伺った。
白葱は芽出しから収穫までにどれくらいの期間がかかるのですか?
上田氏
2月頃に芽出しした葱を圃場へ植え替えて、大体10~11月頃に収穫が始まります。芽出しは順次行うので、翌年の3月くらいまで収穫を続けていますね。比較的長い期間収穫できる野菜だと思います。
――種まきは年に何回行うのですか?
上田氏
年に3回行っています。温床の数に限りがあるので、可能な範囲で芽出しを行い、回していかなければなりません。
――あかね農園様では、白葱とパプリカの2品種を生産されているのでしょうか?
上田氏
そうです。パプリカにも力を入れていますが、位置づけとしては副業になります。メインは白葱で、この「安土信長葱」という、白くて太く長い地元のブランド野菜を生産しています。この名称は農協さんが商標登録して、「安土で信長葱を作りたい!」という農家が安土葱部会に入会し、育てています。この葱は太さや長さに基準があり、それらを満たした葱が「安土信長葱」になります。実は、白葱は関東の方がメジャーなんですよ。代表的なものだと「深谷ねぎ」ですね。関西の方では白葱の文化はなく、青葱がメインになります。ただ、早い段階で白葱を関西へ持ち込むことができたので、比較的名前が広まっています。
――自分で育てた作物に対して、自由に名前を付けることはできるのですか?
上田氏
できますが、そうすると自分で売り込みに行かないといけなくなります。私の場合、コミュニケーション面に不安があるので、既にブランドとして確立されている白葱を基準に満たすように作り、売り込んでもらうというスタンスでいます。ただ、機会があれば自分でも売り込みを行っています。また、この白葱は京都市場から東京にも出荷されているんですよ。東京の八百屋さんや、関東のスーパーマーケットにも流通しています。
――東京で「安土信長葱」を見かけたら、あかね農園様で生産された白葱かもしれないのですね。これからは野菜売り場に白葱が並んでいないか注目したいと思います。
――ちなみに、あかね農園の名前の由来は何からきているのですか?
上田氏
昔、万葉集の歌人で額田王 (ぬかたのおおきみ) という方がこの周辺にある蒲生野 (がもうの) という場所で和歌を詠まれました。「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」という和歌から、初句の「あかねさす」を引用して「あかね農園」と名付けました。
――そういう由来だったのですね。この地域ならではの由来でとても素敵です。
最後に T&D の製品へのご意見やご要望があればお聞かせください
上田氏
DoValve ですが、散水ログを CSV で書き出せるといいなと思います。日射比例潅水 (※) という手法があるのですが、過去の散水データと日射量のデータがあればそれらを突き合わせて適切な潅水量を考えることができるので、そこに活用したいですね。
――そういった活用法があるのですね。現状、散水ログはアプリ上でご確認いただく仕様で、CSV化には対応していませんが、このようなご要望があると伺えたことは大変参考になります。今後の機能・サービス向上に向けて検討させていただきます。
(※) 日射量に応じて潅水の頻度・タイミングを決定する方法を日射比例潅水と呼ぶ。
おわりに
終始笑顔で時折冗談を交えながらお話しくださり、とても和やかな時間を過ごさせていただいた。上田様のお人柄に感謝いたします。また、当日はあいにくの雨だったが、安土信長葱の圃場へ移動する頃には雨は止んで、曇り空に変わっていた。収穫に向けて育成中の安土信長葱を目にしながら、芽出しの苦労話などは、こういった機会がなければ伺うことができない貴重なお話だなと感じた。お仕事の重要な場面でおんどとりをご活用いただいているお話を伺うたびに、改めて身が引き締まる思いがする。
この度は取材にご協力いただき、ありがとうございました。
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