※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。
岐阜県、郡上市。ひるがの高原。
大日ヶ岳から流れてきた水が、太平洋に注ぐ長良川と、日本海に注ぐ庄川とに分岐する場所「ひるがの分水嶺公園」。
爽やかな五月のある日、分水嶺公園のすぐ近くにあるロッジ風の建物を訪れた。
ここは、ベーコン小舎GRUN(グリュン)。自家製のベーコンとハムを製造販売している工房だ。
「ひげじい」の愛称で知られるオーナーの安田瑞彦さん。
アルプスを舞台にした児童向け作品に出てきそうな風貌の、このベーコンマイスターに会いに来たのである。
グリュンではベーコンを作る際の温度管理に、おんどとりを使用してくださっているのだ。また不思議なご縁もあって、弊社ティアンドデイでは毎年社員がグリュンのベーコンを食する機会がある。その辺りのお話を詳しく伺うための訪問だ。
「よく来たね。まあ、そちらへどうぞ」
到着早々、オープンポーチにしつらえたテーブル席に通された。卓上には液晶モニタがあって、どうやらここでグリュンがテレビで紹介された時のビデオを見るようだ。
あまりにもスムーズな流れで自然に導かれてしまったが、初めての訪問客には試食をしてもらうのがグリュンのスタイルとのこと。
そして試食を待つ間、ビデオで工房に対する予備知識をインプットしておいてもらおうという趣向なのだ。なんだかミュージアムかアミューズメントパークのようである。
成り行きでビデオを視聴していると、さすがはテレビ番組、飽きさせない構成で的確に情報が伝わってくる。
それによると安田さんがベーコン小舎を始めたのは、約7年前。それ以前は、老舗のハムメーカーに40年以上お勤めになっていたそうだ。
在職時には企業の一員としての立場からも100%満足のいく製品作りとはいかなかったようで、退職後「好きなことを好きなようにやりたい」との思いから、ひるがのに工房を開設。
人気の商品は、豚肉と塩だけで作る無添加の「塩だけベーコン」。塩をすり込んだ豚バラ肉を2週間以上かけて熟成させる。その後燻製して肉の旨味を最大限に引き出し、ベーコンにするのだ。
なるほど! このビデオ、正直ありがたい。効率的に理解が深まる。
問題は私がインタビューで聞こうとしていた内容が次々と開示されていくため、見ているうちに質問することがどんどん少なくなる点である。
気を取り直して自分から質問をしようと思ったところで、試食用のベーコンが調理されてきた。
薄切りにしたベーコンをフライパンで焼いただけのものだという。軽く焦げ目がついた表面、したたる脂。立ち上る燻製の香りに否が応でも食欲がそそられる。
一口大に切ったベーコンを口に運ぶ。
「おおおーーー!!」
旨い。
美味しすぎる。
うま味。そしてコク。それでいて後味はさっぱり。
しつこい脂っこさは全く感じられない。
噛みしめるたびに口中に溢れるジューシーさと濃厚な味わい。
しかも塩コショウをはじめとする味付けは、一切なし。焼く時のフライパンに油も引いていないと言うのだから恐れ入る。ベーコンそのものの味だけでこの美味しさなのだ。
カメラマンとして同行したyuta氏と競うように試食のベーコンを平らげていく。
見ると、安田さんはそんな我々の様子を満足そうに眺めているのであった。
その時私は理解した。
この瞬間こそ、グリュンでのベーコン購入のクライマックスなのだと。
この感動が味わいたくて、人はひるがのまでベーコンを買いに来るのではないだろうか。
実際リピーターのお客様は非常に多いそうで、それも頷ける。
安田さんが「初めての方に試食してもらう」と明言されている以上、本来は二度目以降の訪問だと試食は無いのだが、それを知ってか知らずか「初めてのお客様」を連れてきて再試食させてもらうリピーターさんも大勢いらっしゃるとのことだ。
システムの穴を突いたような格好だが、それが結果として新規のお客さんを増やす流れになっている。
もちろん「一口食べたら間違いなく買いたくなる」という、安田さんの味への自信あってこそのやり方だろう。
……いや、これは買うでしょう。買わずには帰れないほどの美味しさです。
試食ベーコンの衝撃が過ぎ去った後は、安田さんのご厚意でお昼ごはん(ベーコンを使ったパスタとサラダ)を一緒にいただきながら、更に詳しいお話をお聞きしていく。
「リーズナブルでおいしいベーコン、というのを実現したかった」
そう安田さんは語る。
かつてベーコンやハムはごちそうだった。それがいつの間にか弁当の隙間に入れる、肉の代用品のような存在になってしまった。
「本物のベーコンはこんなに美味しいんだということを伝えたいと思った」
老舗のメーカーで40年以上ハムと関わる中で、見た目の良い、なるべくコストのかからない製品を作ってきたが、「ベーコンにとことん向き合いたい」という思いから自分の工房を立ち上げたのだという。
以来、安心・安全志向の消費者や飲食店にアピールできる味と品質を保ってきた。
安田さんはメーカーの研究室で長年、ハムやベーコンの材料や品質管理、製造方法を研究してきた。
自家製のベーコン工房と聞けば職人的なイメージが浮かぶが、常に安定した品質のベーコンを作り続けようとすれば職人の勘と経験だけでなく、研究室的な考え方が重要になってくる。
「職人半分、研究者半分という意識でいます」
高いクオリティを維持するために研究者としての視点から重視しているのが、データ管理というわけだ。
ここで安田さんがおもむろに立ち上がり、我々を工房に招き入れた。
燻製の機械で燻したバラ肉の上下をひっくり返す作業を見せてくれるという。
ここでおんどとりが使われているのだ。
2チャンネルの温度データロガー「おんどとり TR-71Ui」で、燻製中の肉の温度と庫内の温度を同時に測定、記録している。
肉の中心温度を測りながら燻すため、ステンレス保護管が先端についたTR-1220のセンサを使用。
燻製機の内部は上下で温度にムラがあるので、途中でフックを付け替え、座布団のような大きさのバラ肉を上下反転させて更に燻し続ける。
グリュンで使う燻製用のチップは、香りの良い桜の木のものだ。肉の温度と庫内の温度のバランスを見ながら燻し方を調整していく。
肉の内部温度が70℃に達したときが完成である。
記録した温度はデータ化され、チェックされる。勘と経験だけに頼らない、丁寧なデータの確認が、無添加のベーコン作りを支えているのだ。
その後、再びオープンポーチに戻り「皮付きベーコンと野菜の楽ちんポトフ」をいただきながらお話の続きを伺った。
この皮付きベーコンは野菜と一緒に煮込むだけでふわふわに柔らかくなり、かつ、しっかりとベーコンの味が滲み出て余分な味付けが全く要らないという、スープに最適なベーコンなのだ! なんという手間もかからず栄養バランスにも優れた、自炊が苦手な独り暮らしの若者などにもうってつけのレシピだろうか?
それはさておき、ティアンドデイには「農園部」という、会社の敷地内で野菜を育てている有志のグループがある。
一年に一度、会社の畑で採れた野菜を使って料理をふるまう「収穫祭」という社内イベントがあるのだが、そこで毎回登場するのがグリュンのベーコンだ。
安田さんとティアンドデイのお付き合いは、安田さんがまだハムメーカーにお勤めだった頃にさかのぼる。
安田さんが関わっていらした生ハムのレストラン兼工場に、ある時たまたま弊社の社長が訪れる機会があった。
研究室でおんどとりを使用されていた安田さんが弊社社長と話をしているうちに「ティアンドデイ=おんどとりのメーカー」だということに気付き、そこからご縁が生まれたわけである。
製品のユーザーが製造元の社名を知らないことは良くあるが、おんどとりもそのパターンが多い。
「ティアンドデイ」と言っても通じないが、「おんどとり」と言うと思いの外たくさんの方がご存知だったりする。
グリュンとティアンドデイの場合は、お互いがお互いを認識できた幸運な(主に毎年ベーコンを食べられる我々社員にとって)ケースと言えるだろう。
さて、そうこうするうちに先ほどのベーコンが完成したようだ。
ホテルのふかふか枕のようなサイズの、まだ熱々のできたてベーコンをフックから下ろし、カットしていく。
そのうちの一切れを、特別に味見させていただいた。
「んんんんんんんーーー!?」
「うぅおおおぉぉーーー!!」
yuta氏とふたり、変な声が出た。
先ほど試食したベーコンもパスタやポトフのベーコンも、もちろん素晴らしく美味しかった。
だがこのできたてベーコンは風味、柔らかさ、甘みと塩気の調和など、すべてにおいて別次元である。
「なんですかこれは?」
「うますぎる!」
「もはやベーコンではない!!」
あまりの美味しさに我々のコメントも冷静さを保てない。
安田さんによると、このできたてベーコンが食べたくて「バラ肉一枚買いするから」と、数名で予約して訪れる方もいるという。それも納得の破壊的な美味しさであった。
続いて冷蔵庫で熟成されているバラ肉を見せてもらった。
グリュンのベーコンは、デンマーク産の豚肉を材料として作られる。デンマーク豚のバラ肉(ベリー)の中でも、赤身と脂身のバランスが良いものを選び仕入れているという。
「何回か行ったけど、デンマークは飼育から加工まで非常に清潔。細菌学的にも安心だね」
なるほど。しかし現在は国内外に様々なブランド豚が展開している。国産に対するこだわりがある人も多い。他の豚を使ってみたりはしないのだろうか?
「色々テストはしてますよ。でも豚の品種、飼い方、品質などを考えるとデンマーク産が良い」
と、安田さんは説明してくれた。
熟成の工程では、肉の重さに対して1.5%の重量の塩を使う。この1.5%は、長年の研究と実践から導き出された厳密な割合だ。
塩はアンデスの紅塩。世界中の塩を試してたどり着いた、しょっぱすぎない、まろやかな味わいの塩である。
紅塩をきっちり計量し、大きなバラ肉にまんべんなくすり込んでいく。「塩だけベーコン」なのだ、当然塩以外使わない。
塩したバラ肉を真空パックして、3℃の環境で2週間熟成させる。こうする事で、肉の旨味が最大限引き出されるのだ。
この大切な工程の温度管理に、おんどとりが使われている。
取材の間にも、何組ものお客さんがやって来てはベーコンを買っていっていた。
安田さんのお弟子さんがやっておられるという鳥取の無添加ベーコンのお店で、グリュンの噂を聞いてやって来た方。
近所を通りがかったら美味しそうな匂いがしたので立ち寄ったという方(試食がダイレクトに別のお客さんを呼び寄せている)。
そんなお客さんたちへの試食の一環で、ベーコンをカリカリに焼いて出た油でジャガイモを炒めた「ジャーマンポテト」のご相伴に預かる。これもまた、たまらなく美味しい。
こうしてグリュンのファンになったお客さんが口コミで、あるいはFacebookやInstagram、TwitterなどのSNSで、お店の評判を拡散していく。
その情報をキャッチしてやってくる「初めてのお客さん」に、安田さんは今日も太っ腹の試食をふるまうのである。
そうして毎日、無添加で安心安全のベーコンを求め、日本全国から問い合わせや注文が来る。
茨城県のとある喫茶店は、自家製のキッシュに使うベーコンを探求してグリュンにたどり着いたそうだ。
先ほどのお客さんのお話に出た鳥取のお弟子さんも、直接弟子入りを志願してきたらしい。
地元でもグリュンのベーコンを使う飲食店は多い。例えば高鷲スノーパークの山頂にあるカフェでは「BEACHサンド」というサンドイッチを提供している。
スキー場でビーチとはこれいかに? と思うが、これはサンドの具として使用する地元の食材、すなわち
Bacon
Egg
Asparagus
CHeese
の頭文字を並べたネーミングなのだ。このBEACHサンドのベーコンがもちろんグリュン製。高鷲スノーパークへお出かけの際には、ぜひお試しいただきたい逸品だ。
「凝ったベーコンを市販品として流通させようとすれば、どうしても値段が高くなる。
個人の工房で作って希望の人にだけ販売することで、品質・安心・安全にこだわったベーコンとしてはお求めやすい価格にできていると思う」
お話の中で、安田さんはそうおっしゃっていた。
「俺のやり方が合う人だけ来て、買ってくれればいい。
どうしても売らなアカン、というのをやりたくなかったんだ」
安田さんの、職人としての一面が垣間見えた瞬間であった。
そろそろお暇を…… と思っていると、
「さっきのベーコンをステーキにしてみたよ」
と、安田さんが厚切りのベーコンを焼いたものを運んできてくださった。
グリュンに到着した時からひたすら食べ続けている感じだが、カリッと焼き目が付いたベーコンとじゅうじゅうと音を立てる脂を見ているとお腹が空いてくるから本当に不思議だ。
ナイフがサクッと入る感覚に軽く驚きながら、特別サービスのベーコンステーキをいただく。
「…………」
何も言えない。連続する味の奔流に何かのメーターが振り切れてしまったのだろうか、味を表現する語彙が枯渇して言葉にならない。ただひたすらに、美味しい。
隣を見ると、yuta氏が「うまい…… うまい……」と呟いていた。
現在、安田さんは富士見町に新しい工房を作る計画を進めている。安心・安全、かつ素晴らしく美味なベーコンが、よりたくさんの人の口に届けられるようになることを、そしてそのお手伝いをこれからも「おんどとり」がしていけることを、願ってやまない。
自分へのお土産に、冷凍のベーコンを数本買って帰った。
一部はカルボナーラに、一部は厚切りにしてパンに挟んだり、細かく刻んで卵と炒めたりして食べた。
使うベーコンが変わっただけで味全体が底上げされ、料理の腕が上がったように感じた。
それなりに長く楽しむつもりで買ってきたベーコンは、数日でなくなってしまった。
いかん、通販で注文しなくては。
天気の良い休日ならドライブがてら、ひるがのまで買い付けに行くのも楽しそうだ。もちろん「初めてのお客さん」である家族を連れて……。
立派なリピーターになれそうな予感がします。
ベーコン小舎グリュン
http://www.gryun.com/