※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。
兄の影響でサッカーを始めた小学2年生の少年。
とにかくサッカーが大好きで、ただただうまくなりたい。そんな一心で練習と努力を重ね、彼は名だたるJリーグクラブで活躍するエースストライカーになりました。そんな彼の名前は高崎寛之さん。
浦和レッズ、水戸ホーリーホック、ヴァンフォーレ甲府、徳島ヴォルティス、鹿島アントラーズ、松本山雅…
そして現役引退後、セカンドキャリアに選んだ道は農業でした。
| 日付 | 2026年3月17日 |
|---|---|
| 訪問先 | 信州ファームランド |
| 使用中の機種 | TR72wb |
プロサッカー選手としてのキャリアと松本市での居住
―― 子どもの頃からJリーガーになるのが夢だったのですか?
いや、僕が始めた頃はJリーグがまだ開幕してなかったので。本当にサッカーが好きでやってて。その好きが、うまくなりたいとか上に行きたいっていう思いになって。その結果、プロになれたって感じですかね。
―― それでも好きな気持ちだけではプロ選手になれなかったのではないですか?
僕は本当に天才でもないですし、うまいプレイヤーでもないので、死ぬほど練習するしかなかったです。とにかく人一倍シュート練習をしていましたね。
―― ストライカーとして所属チームでたくさんのゴールを決め、記録をつくってきました。
プロになるまでは、もう毎日、朝晩って感じでシュート練習をしていました。1日のトレーニングがだいたい2時間なんですけど、朝練習して、そのトレーニングが終わってからもさらに残ってやって。身長が高いのでヘディングの練習もしたりですとか。
―― 練習と努力をやめることなく続けていたんですね。
点数はたくさん取りましたけど、その何倍もシュートを外しているんで。シュートを打たないことにはゴールを取るも外すもできないんで、とにかく練習し続けました。
―― シュートチャンスの勘も人より長けていたのではないですか?
いや、どうすかね、僕1人じゃ点は取れないですし。チームスポーツなのでそこまでの過程がありますし、自分1人の得点ではないです。ほかの選手たちに助けてもらって点が取れていたので、とてもありがたかったです。
―― まわりの人たちに支えられていたことがよく分かりますね。
高崎さんは2016~2019年、長野県松本市をホームタウンとする松本山雅FCに所属し、その時マイホームを建てられました。弊社松本Baseの所在地でもあります。
―― マイホームを松本市に建てた理由は何ですか?
都会過ぎず田舎過ぎず、街もギュっとしていて。周りの皆さんもすごくいい人たちばかりだったので、ここに住んでもいいな、住みたいなって思うようになってですかね。

セカンドキャリアとしての農業ときのこ栽培
―― 現役時代から農業をやろうと思っていたのですか?
いや、引退も急でしたし、本当にやることが決まっていなくて。そこに白ひらたけを栽培してみないかという話があって、もう直感で、次の日にはやるって言っていましたね。
でも、いざやるとなるときのこだけでは不安だったので、ほかにも農業をやりたいなっていうのがきっかけでした。
高崎さんは現在、長野県山形村で白ひらたけ、長いも、スイカを生産しています。
―― 師匠と呼んでる方がいると思いますが。
きのこの師匠と畑の師匠がいます。畑の師匠は今でも年間パスポートを買って松本山雅の応援行ってる方なんですけど。その師匠たちに1から…いや、0からですかね、色々教えてもらったりして。
―― 松本山雅さんのご縁なんですね。ここでも人に恵まれ、助けられているということですね。
今は自分が独立って形でやってはいるんですけど、まだまだ色々教えてもらったり、足りないところを指導してもらったりしています。
おんどとりを使い始めたきっかけ
―― 白ひらたけは珍しい品種だと思うんですが、全国でも作っているところは少ないのでしょうか?
作ってるところはあるかもしれないですけど、それで商売してる農家さんっていうのは聞いたことないですね。なので、そのあたりは自信を持っていて、強みは出せているかなっていうのはありますね。
―― ほかのきのこと比べて育てるのが難しいのでしょうか?
いや、逆に育てやすいですね。結構、菌が強いのでしっかり育ってくれます。
―― それでもおんどとりを使い始めたのには何かきっかけがあったのですか?
今年で白ひらたけを始めて5年なんですけど、作り始めた1年目と2年目の夏が暑すぎて、きのこが全滅しちゃったんです。
―― 農業の分野でも酷暑がとても深刻ですよね。
培養(菌床栽培)は本来26~28℃くらいでやらないといけないんですけど、エアコンもなかったので40℃近くまで上がってしまって。菌が全滅して、ホテルさんなどから契約を切られてしまったんです。
―― それはかなりの非常事態でしたよね。
2年連続で夏にそうなってしまったので、クラウドファンディングで皆さんから応援していただいて、エアコンを4基入れました。そのタイミングで温湿度管理もしっかりしていこうってなって、おんどとりさんを導入させてもらいました。

おんどとりを導入して変わったこと
水銀の温度計は見ていたんですけど、湿度が分からなかったんです。それが湿度の変化がすごく分かるようになって。すごく乾燥してるんだってことも体感ではなかなか分からなかったんですけど、数字で確認できるようになったのは大きかったですね。
―― いわゆる”見える化”ですね
ずっと床に水を撒いて湿度を保っていたんですけど、その直後はきのこを育てるのに最適な湿度になっても、次の朝来てみるともうすごく乾いてるんです。
―― きのこの生育には湿度が大事だと聞きます。
特に冬場は、この湿度できのこを作るのは不可能だなってくらい乾燥していて。それで加湿器も買いました。常に温度と湿度が数値で分かるようになり、対策できたのは大きかったです。
―― エアコンと加湿器、温湿度管理によりきのこの生育が安定したということですね。
それから契約を切られたホテルさんにも何回もお願いしに行って、また昨年から取引できるようになりました。そういう意味でも本当に助かりました。
おんどとりの活用方法
きのこの生育室で、おんどとりの温度と湿度を朝晩チェックしています。
あとは長いものハウスでも使っています。冬場はマイナスの温度になると保管している長いもが凍ってだめになってしまうので、それで調節しています。
4月からはスイカのトンネルに入れて温度を確認し、トンネルを開け閉めする基準にしています。
スイカのトンネルとは、ビニールなどのシートを弓状の支柱にかぶせて作る小さなトンネル型簡易ハウスのこと。春先などのまだ寒い時期の霜、雨・風から苗を守り、保温により成長を早める効果があります。

2024年に目標としていた法人化を実現
―― 社名の株式会社TGRにはどのような意味があるのですか?
僕の座右の銘が「臥薪嘗胆」なんですけど、それを英語(造語)で「THE GREAT REVIVAL」にして。その頭文字をとりました。
つらい時も耐えて、それをバネに前進するってことですね。
「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん):
目的を達成するためには自身がつらい状況にあろうとも、成功するまでは長年苦労や努力を重ねるという故事成語
―― これからまた挑戦していきたいこと、夢や目標があれば教えてください。
とにかく今は農業をしっかり安定させて、人に任せられるようになったら、また何か次のチャレンジをして。まあ、人生は1回限りなので、常にいろんなことにチャレンジして行きたいなっていう思いはありますね。
―― 農業は過酷な場面も多いのではないですか?
体力と体の強さには自信があるので!
―― サッカー選手と農業で共通点はありますか?
とにかくやり続けることと、いい準備をしっかりすることですかね。
サッカー選手は、試合でいいパフォーマンスをするためにしっかりトレーニングをするというのがマストですし、僕たち農業も、準備段階でしっかりとやれば、結果いいものが作れる。その辺りが似ています。
―― ではサッカー選手にセカンドキャリアとして農業を勧めたいですか?
農業は、若いうちにノウハウを学んでしまえば、スポーツ選手全般に向いてる職業だと思います。アスリートたちがもっと農業に目を向けてもいいんじゃないかなっていう風には思います。
プロサッカー選手がセカンドキャリアで農業に進めるよう、僕がしっかり数字を出して、そのモデルケースになれればいいなと思っています。

若き現役プロサッカー選手たちに背中を見せようとするその言葉は、かつてサポーターを熱狂させ、幼いサッカー少年たちが憧れたエースストライカーそのものでした。
常に夢と目標を持ち続け、それを達成するためなら努力と苦労を惜しまない。そんな高崎さんの姿勢は、今も昔もまさに「臥薪嘗胆」。
農業という新たなピッチで、名ストライカーとして挑戦を続けるその姿こそ、「THE GREAT REVIVAL」なのかもしれません。

信州ファームランド




