ryota

Space BD の挑戦—宇宙を舞台に広がる新たな産業と おんどとり

※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。

宇宙と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。子どもの頃に夢中になった物語や映画の中の広大な宇宙、あるいは夜空を見上げて星を数えた記憶が蘇るかもしれません。
今回、私たちは「宇宙商社」として知られる Space BD 株式会社 様を訪問し、宇宙を舞台に広がるビジネスの世界についてお話を伺いました。JAXA関連の実験で当社の「おんどとり」が使用されていると知り、その背景にあるSpace BD様の取り組みに強く興味を持ったのが、取材のきっかけです。
インタビューでは、Space BDの高橋大介様を中心に、宇宙に進出する技術とそれを最前線で支える企業の取り組み、そして私たちの温度ロガーの活用について詳しく語っていただきました。

日付 2024年6月10日
訪問先 Space BD 株式会社 様
使用機器 TR-71wf, TR-72wf, TR-75wf, TR-71nw, TR71A
使用目的 高品質タンパク質結晶生成実験用サンプルの輸送中の温度管理

まず、Space BD様の事業内容についてお聞かせいただけますか?

私たちSpace BDは、宇宙を舞台に様々な事業を展開している企業です。設立は2017年で、従業員は現在約60名です。
私たちは、「宇宙を自在に、熱く誇れる産業を。」というビジョンを掲げており、宇宙を自由に使って産業を創り出すことで、宇宙というフィールドを使って事業開拓を行い、将来の日本のために熱く誇れる産業を作りたいという思いを持っています。

主な事業の一つは衛星の打ち上げです。様々なサイズの衛星をお客様の要望に応じて、どのロケットで打ち上げるかなどの制約をクリアしながら、一緒に取り組んでいます。
その他の事業が宇宙利用です。その中のライフサイエンス分野では、御社のおんどとりも関わっているタンパク質の結晶生成実験を、国際宇宙ステーション(ISS)を使って行っています。
また、宇宙をテーマにしたブランディング、教育などの様々な分野でも事業を展開しています。

――衛星の打ち上げに関して、民間の方々でも気軽に利用できるのですか?

そうですね。目的や条件に応じて、民間の方でも衛星を打ち上げることができます。小さいものであれば10センチ角程度の衛星もあります。多分皆さんが思い浮かべる人工衛星って、気象衛星とか大きなものだと思うんですけど、当社では手に乗るようなサイズの超小型衛星の打ち上げも支援しております。

――そんな小型の衛星で、具体的に何ができるのでしょうか?

例えば、通信や小型カメラの搭載が可能です。教育目的で学生さんと一緒に作って打ち上げるプロジェクトもありますし、エンターテイメント的な形など、幅広い利用方法があります。

――なるほど。打ち上げのための申請などもSpace BD様がサポートしてくださるんですか?

はい、申請のサポートも行っていますので、たとえ目的が明確でなくても、やりたいという意志があれば打ち上げが可能です。

――人工衛星は地上から打ち上げるんですか?

国際宇宙ステーションから衛星を放出して軌道に乗せたり、最近はSpaceXのファルコン9ロケットを利用した相乗り打ち上げも行ったりしています。

Space BD様は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)様との関係も深いと伺っています。具体的には、どのような形で関わっていらっしゃいますか?

私たちの最初の取り組みとして、国際宇宙ステーションからの超小型衛星放出サービスがあります。先程申し上げた10センチ角程度等の、超小型衛星を放出するサービスです。
また、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟には船外実験プラットフォームがあり、宇宙空間で色々な機器等を取り付けられるようになっています。そこに例えばカメラを取り付けて実証実験をしたり、金属のプレートなどを取り付けて、曝露実験を行ったりするサービスも展開しています。

他にもH3ロケットを利用した相乗り超小型衛星の打ち上げサービスや、ISSに食料などの物資や機材を届けるHTV-Xという補給船からの衛星放出サービスの使用権も取得しています。
そして、御社のおんどとりにお世話になっている、ISS船内でのタンパク質の結晶生成実験も行っています。
これらはJAXA様が活動の民間事業化ということで2018年から徐々に公募を行ってきたものです。JAXA様による衛星打ち上げやISS利用に関する事業化公募の全てについて、選定事業者となっているのは当社だけです。

――JAXA様が宇宙研究や実験を民間に移管し始めたのが、御社の創立時期と重なっているということでしょうか?

そうですね、まさにそのタイミングでした。NASAが宇宙分野で国から民間へとシフトしていく動きを見習い、日本でも同様に、今まで国が行っていた事業を民間企業が担うという流れがありました。JAXA様もその一環で、国際宇宙ステーションや地球に近い宇宙空間での事業を民間に委ねるようになり、その公募に私たちが応募して、サービスを提供する形となりました。

――JAXA様の設備やサービスの使用権というのは、例えばスポーツ中継の放映権のようなもので、それを使う権利をさらに他の企業や学術機関が利用されるということですか?

はい、そうです。サービス使用権を獲得した後、他の企業や学術機関がその権利を利用して、宇宙での実験やサービスを行う形です。例えば、国際宇宙ステーションの利用サービスなどを希望する企業や機関を募り、一緒にプロジェクトを進めていきます。

――そういった形で、多くの企業が宇宙ビジネスに参入しやすくなっているということですね。やはり宇宙というと遠くて大変な場所というイメージがありますが、御社のような企業がサポートすることで、もっと身近なものになるのでしょうか。

まさにその通りです。宇宙というフィールドを利用することに興味を持ってくださる方は多いですが、そのハードルの高さに尻込みされる場合もあるようです。私たちは、そのハードルを下げるために、難しくないですよという説明を丁寧に行い、納得していただいた上で実験やサービスを進めてもらえるようにしています。

――JAXA様とのパートナーシップを通じて、御社が日本の宇宙事業の中で主導的な役割を果たしているようですね。

私たちの強みは、技術力に立脚した事業開発の経験とノウハウを持っていることです。それをJAXA様の技術や設備と組み合わせることで、世界に通用するサービス展開が可能だと考えています。また、宇宙事業の商業化を進めていく中で、ビジネスディベロップメントの役割を担い、より多くの企業が宇宙ビジネスに参入できるようお役に立てればと考えております。

――もしかして、Space BDの「BD」というのは――

はい、Business Development、「事業開発」の意味です。

――なるほど! 宇宙というと、夢のある話でワクワクしますが、実際にはしっかりとした事業基盤が必要ですよね。

そうですね。夢を語るだけではなく、しっかりとした地道な取り組みが重要です。私たちは、宇宙事業を推進する上で、確実に成果を上げていくためのプロセスを重視しています。

おんどとりが使われている高品質タンパク質結晶生成実験についてですが、どういう目的で、どのように行われているのか教えてください。

はい。こちらがタンパク質の結晶の写真ですが、地上で作られたものと宇宙で作られたものでは違いがあるのが分かるでしょうか。宇宙では重力がほとんどない(微小重力環境)ため、より綺麗な結晶ができやすいんです。おんどとりは、こうした実験での温度管理に欠かせない存在です。

――綺麗な結晶ができるとどのようなメリットがあるのでしょうか?

綺麗な結晶ができると、そのデータを使って例えば創薬の設計が行いやすくなります。ターゲットとなるタンパク結晶の構造が明確であれば、薬の設計において正確なデータが得られるため、開発の時間短縮や効果的な開発に繋がるという利点があります。

――構造がはっきり分かると、薬の開発がしやすくなるのですか。

はい、タンパク質の構造が明確になることで、薬の効果が確認しやすくなります。宇宙で作られた結晶は非常に綺麗で、構造解析がしやすいんです。

例えば頭痛薬を開発するとして、薬が効くためには、薬のパーツがタンパク質の構造にぴったり合うことが重要です。地上で作られた結晶では、乱れが多くて正しい形を探し出すのが難しい。でも、宇宙で作られた結晶なら、例えば「三角形のパーツが必要だ」ということがすぐに、正確にわかるので効率的に薬を作ることができるんです。

――地上では綺麗にできないものが、宇宙では綺麗にできるのですね。

そうですね。地上では重力による溶液内の対流の影響で綺麗な結晶が作りにくいですが、国際宇宙ステーションでは重力が極めて小さいため、結晶がゆっくりと安定的に形成されます。

おんどとりは具体的にどのような用途で使われているのでしょうか?

タンパク質は温度が命、と言えるくらい温度管理が非常に重要です。適切な温度で管理するためにおんどとりを活用させていただいています。

この写真の箱の中にタンパク質のサンプルが入っているのですが、箱の中の温度が輸送中に一定に保たれているかどうかがポイントになります。規定の温度から逸脱するとタンパク質の品質が劣化してしまい、実験に適さない状態になってしまうんですね。そのため、私たちは輸送工程で温度が常に適正範囲に保たれるよう、おんどとりを使用しています。

――輸送中の温度管理に使われているんですね。ISSの「きぼう」に持ち込まれて温度を測っているのではなく、地上で使用されているわけですね。

そうです。パッケージ内の温度が適切に保たれていたことを記録に残す必要がありますし、輸送途中にチェックする必要もあるので、ボックスにおんどとりを付けて外気温と内部の温度と両方を測っています。後からログ(記録)を回収して、温度が逸脱していなかったか、もし逸脱していたら、何があったのかを調べます。例えば輸送中に外に置かれてしまい温度が高くなってしまっていたんじゃないか、というような経過の調査などですね。

――温度だけでなく、湿度も管理しているのですか?

国内での実験準備段階では湿度管理も行っています。温度と湿度を測れるタイプは、そちらで使用されています。

――海外で打ち上げ場所にサンプルを運ぶ際にも、おんどとりで温度管理されるのですか?

はい、例えばこの写真はNASAのケネディスペースセンターのラボで、実験の準備をしている様子(株式会社 丸和栄養食品の方々と共に)なのですが、こういった場所でおんどとりが使われています。

おんどとりを使用する具体的なメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?

特にスマホで操作できる点がすごく助かっています。ネットワークを必要とせず、何かあったときはすぐに過去のデータを取得できるので。例えば、空港など移動中の場所でも、PCを立ち上げなくても、スムーズに設定したりデータを確認したりできるのは便利ですね。

あとは、測定できる温度範囲も広いじゃないですか。マイナス温度まで計測できるので、低温を保つ必要がある際にも対応ができます。また、1台で同時に内部と外部、2チャンネルの温度を測定できる点も非常に助かっています。データのメモリ容量が大きく、電池も長持ちするので長時間の実験でも問題なく対応できるところも大きな利点です。

(ここで Space BD様がスマートフォンアプリ「T&D Thermo」を使って、実際に温度管理している画面を見せていただきました。)

このアプリの画面で全部のデータがザーッと確認できて、これを見れば輸送中のタンパク質サンプルがどこにいるか大体わかるので、「何か変なことが起こったかな」とか、「心配したけど大丈夫だったな」というような確認に繋がります。グラフの画面を拡大して、データの重要な部分だけをスクショして残したり共有したり、という使い方もしています。

どういうきっかけでおんどとりを使うことになったのですか?

もともとJAXA様でおんどとりを使用されていたのがきっかけです。海外のラボにサンプルを輸送する必要もあるので、輸出入の関係で他の製品も検討した時期もありましたが、最終的におんどとりが最も優れているという結論に至りました。確実なデータ管理ができて私たちの要求を満たしてくれる製品なので、その信頼性に満足しています。

――ありがとうございます!

ブランディングや教育に関する事業も展開されているとのことですが、それについて教えてください。

企業様から「宇宙で何かやりたいけど何をしていいかわからない」という声を聞くことが多いのですが、そういった方々に提案しやすいのがエンターテイメント系のプロジェクトです。
例えば、自社製品を宇宙に持っていくことで付加価値が生まれ、PRにも繋がります。
実際に宇宙に持っていったプレートは宇宙空間に曝露した際に色が変わったりしますが、それを地球帰還後に展示いただくなど、目に見える変化を楽しんでいただくこともできます。以前、グローバルボーイズグループのCDジャケットを宇宙に持っていき、地球帰還後にお渡しするプロジェクトを実施したこともありました。

――宇宙に持って行った物は、そのまま展示しても安全なのでしょうか?

はい、通常の取り扱いが可能です。私たちも宇宙に打ち上げた社員証を普通に持っています。
QRコードを付けた製品を宇宙に送って、帰還後にそのQRコードで情報を読み取れるようにされたお客様もいらっしゃいましたね。
伝統工芸品の素材など、実験を兼ねて宇宙に持っていって、帰ってきたもので何かを作ることでさらに付加価値を生み出すこともできます。

――おんどとりも1台打ち上げてみたいですね。

他にも、地方自治体から雨が多い地域で衛星データを活用できないかと問い合わせをいただくこともあります。
衛星の打ち上げだけでなく、ライフサイエンスの観点からの宇宙実験も行っていますし、エンターテイメントやブランディングの観点から実験をしたり衛星のデータを共有したりということもしています。
私たちは、様々なアイデアを取り入れながら、お客様との会話を通して一緒に取り組んでいます。
宇宙での可能性を示す、デモンストレーションを提供しているイメージです。最初の一歩が難しい分野だからこそ、実際に何かをやってみることで、お客様に「自分たちで宇宙を活用できるんだ」と感じてもらえるようにしています。

――教育関係のプロジェクトにはどんなものがありますか?

例えば、企業様の新人研修や管理職研修で皆さんに宇宙衛星事業者になっていただいて、起業するプロセスで得られるチームビルディングやコンフリクトマネジメント等をゲーム感覚で学ぶプログラムを提供しています。
あるいは、大学で宇宙概論という講義を持たせていただいて、学生さんに宇宙でどんなことができるのかを教えたり、宇宙関連の企業様からゲストスピーカーをお呼びして講演していただいたり。

――人気が出そうなプログラムですね。

宇宙事業はまだ産業として確立されていない部分も多いので、どうやって盛り上げていくかを常に考えています。

御社のメンバーは、やはり宇宙に興味があって集まってこられた方が多いのですか?

メンバーのバックグラウンドは様々です。3割近くいるエンジニア系のメンバーは、宇宙や航空関係をやっていた人が多いですね。
それ以外に「新しい産業を作りたい」という思いで入ってきたメンバーも大勢いて、そちらはアパレルだったり保険だったり他の業界から転職してきた人が集まって、それぞれの知識や経験を活かして業務を展開しています。

――3割の方がエンジニアだというのは驚きです。

そうですね。普通の商社ではなかなか自社でエンジニアリングの部分を持たないと思います。私たちはより専門的なソリューションを提供するために、エンジニアリングコストを抱えてお客様と一緒にプロジェクトを作り上げることができる体制を整えています。

最後に、宇宙事業の今後の展望について教えてください。

私たちの目標は、宇宙をもっと身近に感じてもらうことです。ISSの実験や衛星打ち上げを通じて、宇宙のメリットを多くの人に知ってもらいたいです。また、宇宙産業全体を広げていくことで、他の産業からの参入も促進し、チャレンジしやすくなることを目指しています。

宇宙産業はまだ発展途上ですが、今後ロケットの利用が増えていけば安定した製造とコストダウンが進み、例えば自動車産業のように一般的なものになると考えています。コストが下がり、利用しやすい時代が来るでしょう。

――誰でも気軽に宇宙に行けるようになると良いですね。

将来的には、私たちの孫くらいの世代の人たちがデートでちょっと宇宙に行くようになるかもしれませんね。記念日に宇宙に行って地球を見ながら乾杯、みたいになったら素敵だろうな、と思います。

――本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。お話を伺って、宇宙が身近に感じられるようになりました。

こちらこそ、ありがとうございました。

 


今回の取材を通じて、宇宙がビジネスの場として着実に身近になりつつあることを実感しました。
Space BD様の取り組みにより、宇宙が私たちの日常と繋がりつつあることを感じるとともに、その中で当社のおんどとりが役立っていることに大きな意味を感じています。
これからも、宇宙を活用した新たな産業の可能性が広がっていくことに期待しています。

Space BD様 ウェブサイト

ライタープロフィール

ryota

ryota

おんどとりイズム ライター。T&DではCX推進部に所属。趣味はウクレレ。