Isaku

天空の計測器 - 槍ヶ岳山荘

登山好きなら誰もが憧れる北アルプスのシンボル、槍ヶ岳。日本のマッターホルンとも呼ばれるその勇姿。その3180mの頂よりたった100m下の山肩にそびえたつ天空の山小屋、槍ヶ岳山荘。

槍ヶ岳山荘様では20年ほど前から山の状況をライブカメラ等で確認できる取り組みをされている。事前に山のリアルタイムな情報を知ることで安全に登山できるようにという配慮からだ。その取り組みの中で、気象観測データをホームページに載せる機器として、弊社製品の WS-2をご利用いただいている。

槍ヶ岳山荘・気象観測データ

WS-2は気象観測コンソール(VantagePro2)と接続し、リアルタイムの気象データを指定サーバへ自動送信する装置である。2008年の設置以来、長きにわたり槍ヶ岳の気象データを送り続けてくれていた。だがWS-2は2012年に生産終了しており今後補修部品確保が難しくなることは確実だ。常に新しい取り組みに積極的な槍ヶ岳山荘様には現在の技術を生かしたより魅力的な機器を使っていただきたいという思いがあり、直接槍ヶ岳山荘にお邪魔して新設計の製品と入れ替えさせていただくことになった。

訪問日 2020年10月
訪問先 槍ヶ岳山荘
使用機器 新型センサデータ収集機(仮称CLAPPER)、RTR500BW、RTR502B、RTR507B、WS-2
使用目的 登山者への気象情報提供

 

到着後、早速山荘の主である穂苅大輔様とライブカメラ保守関連のお手伝いをされている松本様にお会いすることができた。

淹れていただいたコーヒーで一息入れた後、早速機器を見せていただく。

ルーターなどの通信機器はヒーターで保温されたボックス内に集約され、冬季でも動作可能なように工夫されている。電源節約のためのタイマー装置も内蔵されている。電源は発電機とソーラーパネルだ。

いよいよ10年以上活躍してくれたティアンドデイ製の気象用データ収集装置WS-2とご対面。
目立ったトラブルもなく長年動作してくれた本体に感謝しつつ、新型の収集装置に入れ替えさせていただく。

新型機は従来消費電流が多くAC電源が必須だった本体を大幅に改良し、データを送信するタイミングのみ無線LAN機能を動作させることにより、アルカリ乾電池2本で半年以上の連続動作を可能としている。クラウドを活用したデータ運用に特化した製品に改良されたことで、山小屋という資源が限られた環境下での使用でも活躍が期待できる。現時点は気象観測コンソールとの接続のみ対応だが、今後汎用的に様々なセンサの情報をクラウドに送信できる装置として改良予定だ。動作確認では予期しないトラブルもあったりしたが、とりあえず設置作業は完了。

屋根上の気象センサを見せていただくと、巨大な雷警報器のセンサと寄り添うように設置されていた。強い風にさらされる気象センサが何とも頼りない印象を受けるが、このセンサが長年風雨に耐え、登山に役立つ気象情報を送ってくれていると思うと感慨深い。

 


過酷な環境に耐える気象センサと槍ヶ岳
 

山小屋でのお食事をいただいた後、槍ヶ岳山荘4代目主人 穂苅大輔様と長年槍ヶ岳山荘で通信設備の管理に携わっておられる松本様にお話を伺うことができた。

Q: 槍ヶ岳山荘について聞かせていただけますか?

―― ハードな斜面を登ってきた先にこの建物が見えてきたときはその立派さに驚きました。
   この山荘はいつ頃からここにあるんですか?

穂苅氏「槍ヶ岳山荘は1926年からなのでもうすぐ100周年、槍沢ロッジは1917年からですので103周年です。」

―― 100年前に標高3000mの地点に建物を建てたっていうのはすごいですね!
   どういう方法で建てたのか想像がつかないです。

穂苅氏「談話室に写真がありますが、一人で何本も木材を担いで皆で登ったんですよ。」

―― あの険しい斜面を!相当熱い思いがあったんでしょうね。

Q: 山小屋のお仕事について聞かせてください。

穂苅氏「山小屋の中では例えば物が壊れたとしても簡単に修理に出したり、修理に来てもらうということができないので、基本的なことは全て自分たちでやります。山小屋で働く従業員は、掃除・洗濯・料理・裁縫・大工仕事も土木仕事も、とにかく仕事の幅は広いです。あるもので何とかしないといけないので。生きてく力を養うには最適ですよ(笑)」

―― それは相当たくましくなれそうですね!

穂苅氏「山で長く生活して久しぶりに下に降りると逆のギャップを感じます。水道出しっぱなしにしながら石鹸使ってたりすると、あれ?いいんだっけ?とか。シャワー浴びてるときにも罪悪感を覚えますね。(笑)」

―― 山小屋の水はどうやって賄っているんですか?

穂苅氏「100%天水(てんすい)で賄っています。屋根に降った雨が雨どいを流れてタンクに貯水する仕組みです。単純に雨が降らないと水が不足してくるので心配の種にはなります。」

―― 天水だけだと自然に左右されるので大変ですね。タンクの残量が無くなったことはないのでしょうか?

穂苅氏「これまで完全になくなったことはありませんが、タンクの容量が減ってくると、節水で従業員がなかなか風呂に入れなかったりとかしますね。貯水量としては50~100トンくらいの容量があります。」

電気については、ディーゼルの発電機、屋根一面の太陽光発電で賄っているとのこと。全部自給自足だ。

―― 登山してくる途中にたくさんの道標があり、山小屋スタッフの方がその回収もされていましたが、登山道の整備も山小屋の仕事なのでしょうか?

穂苅氏「山小屋がやってます。槍ヶ岳周辺は国立公園の特別保護区と呼ばれるもっとも規制のかかっている地域なんですが、登山道については管理主体っていうのが非常にあいまいなんですよ。非常に難しい問題なんですけど、北アルプスが国立公園になる前から山小屋はあり、結局我々がずっと整備を続けてきています。行政から多少の補助はありますが、労働力との対価を考えると、本当に微々たるものです。実際、登山道の整備は山小屋の大きな役割の一つですね。登山者の避難施設、救助拠点でもあります。」

―― 登山道の整備とトイレの提供。
   私たちが登山を楽しめるのは山小屋のおかげと言っていいですね。

Q:山小屋を支える測定器について聞かせてください。

―― そんな山小屋を支える機械の話をお伺いしたいと思いますが、どういったきっかけで弊社の機械を使っていただくことになったんでしょうか?

穂苅氏「元々は気象協会に頼まれて観測していたんですが、そっちはだいぶお金がかかるっていうことでその話はSTOPしてしまったんです。で、どうするっていうときに、地元のつながりで松本の会社がいい機械を作ってるよってことで紹介していただきました。」

松本氏「東京など遠方からの保守ですと、修理に来てもらうにしても時間がかかりますし、出張費など高額になってしまいます。そこで地元企業でもっと安く導入できる機械が必要だったんです。」

―― 先程機器の設置状況を見せていただきましたが、寒い環境下でも太陽光発電で機器を動作をさせるためにヒーターを入れるなど、過酷な環境下で装置が使える状態にするには、特別な配慮が必要と思います。
   そのあたりは松本さんのアイデアで工夫されていらっしゃるんですか?

松本氏「はじめは試行錯誤でしたね。インターネット博覧会というインターネット上で開催されたイベントがあって、その時は衛星電話で映像配信をしていました。その後、衛星電話会社の紹介で社長さん(現会長)とお会いしたのは、確か2000年ごろですね。」

―― 衛星通信ですか!その時代から映像配信をされていたんですね。

松本氏「インターネット博覧会終了後、穂苅康治社長さん(現会長)より槍ヶ岳山荘独自でライブカメラを設置したいとのお話を頂き現在に至っています。

当初は携帯電話とモデム、ネットワークカメラを組み合わせたシステムで、室内からガラス窓越しに槍ヶ岳を撮影していました。
夕方になると室内の灯りが窓ガラスに反射した映像となったため、屋外にカメラを付けなおしたんですよ。そうしたら、冬の強風でカメラ取付ネジが緩んで日を追うごとに自動回転し、最後はカメラハウジングの内部を小屋開けまで映していたこともありましたね。寒くても機器が動作するようにヒーターを追加したのですが、冬季環境での発電不足で電源が足りず冬季ライブはなくなった年もありました。現在は、ヒーター系は別のソーラーで動作しています。
冬季のライブは何回も何回も失敗してますよ。すごい失敗してるんだけど大輔さん(穂苅氏)のお父さんは根気よく見守ってくれてね。復旧のために12月の雪が深い時、登山の段取りをして頂いたこともありましたが、登山は取り止めとなり春まで映像は届きませんでした。システム的に安定したのは何年前かな。大輔さんが戻ってきた数年前ころでしょうか。ブログを見ると当時のことがよみがえりますね。」

―― 何気なく機器を拝見していましたが、大変な工夫と試行錯誤の結果、今があるんですね。
   先程弊社のBluetoothタイプのロガー(TR42)を使用されていたので、弊社製品のような機器にも慣れていらっしゃると感じました。クラウドでデータを確認できる製品に魅力は感じますか?

穂苅氏「まず離れたところで確認できるっていうのはやはりいいですね。特に冬の間は小屋の状況が心配なのでとてもありがたいです。
登山者にとっては、市街地と山の上と環境が全然違うということをリアルタイムで、生の情報として確認できるいうのは、安全面からも大きなメリットですね。グラフで前日や前々日はどのような傾向だったかを見られたり、気温が急激に変化している様子も見ることができますし。」

 

機器以外にも環境配慮型トイレのお話等、山の上ならではの面白いお話を聞かせていただいていると、槍ヶ岳観光様が先進的にいろいろなことを試されていて、それが周囲に広がっていい影響を与えている事が納得できた。このような場所で自社の製品を使っていただいていることが誇らしい。

外気温測定、ボックス内の温湿度を測定する用途でもおんどとりが利用されている。

このおんどとりはまだ設置されたばかりで、今年が初めての冬越え。氷点下30度の厳しい気象環境下にこれから耐えていくであろう通信装置とおんどとりの活躍を期待したい。

ヘッダ画像、フッター画像提供:©槍ヶ岳山荘グループ

ライタープロフィール

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Isaku

ONDOTORismライター / T&D営業部 所属 / 趣味は食、酒、運動。