Yukichi

作品のバイタルデータ ~霜が育つ《自動車冷蔵庫》を温湿度で見守る~

※記事中の組織名、拠点名、部署名などは記事公開当時のものです。

今回は、現代美術作品の展示・修復プロジェクトで「おんどとり」を利用いただいている金沢21世紀美術館を訪ねた。訪問のきっかけは、弊社社員がプライベートで同館を訪れた際、展示室に設置されたおんどとりを見つけたことだった。気になって調べてみると、おんどとりは《自動車冷蔵庫》という現代美術作品の修復プロジェクトで使用されていることが分かった。作品の修復になぜ温湿度データが必要なのか、実際にどのように使われているのか。興味を持った私は、同館の担当者様に取材を申し込んだところ、ご快諾いただいた。
取材には、金沢21世紀美術館総務部広報室の落合様・キュレーターの本橋様、京都大学人間・環境学研究科総合人間学部の准教授であり修復士の田口様に応じていただいた。

日付 2026年8月3日
訪問先 金沢21世紀美術館 様
使用機器 TR72A2
使用目的 國府理《自動車冷蔵庫》修復プロジェクトにおける作品の温湿度管理
展示期間 2026年4月25日(土)~2026年9月6日(日)

金沢21世紀美術館様の成り立ちについて教えてください

落合様
金沢21世紀美術館は「新たなまちの賑わいの創出」と「新しい文化の創造」を目的に誕生しました。1990年代、公共施設の郊外移転によって中心市街地の賑わいが失われる中、人々が集まり交流できる場所が求められました。また、工芸やものづくりの文化が根付く金沢では、作品を発表し人々に届ける場を求める声もありました。こうした背景から、新たな文化拠点として金沢21世紀美術館が誕生しました。

おんどとりを利用されている《自動車冷蔵庫》とはどのような作品なのでしょうか

田口様
こちらは國府 理氏の作品で、名前のとおり車が冷蔵庫になっています。エンジンの部分に冷却装置を取り付けて、車内を巨大な冷蔵庫にした作品です。

―― この作品はどのようなコンセプトで制作されたのでしょうか。

通常、自動車は人を乗せて「空間」を速く移動するための物です。一方で、冷蔵庫は物を冷やすことで腐敗や変化を遅らせます。つまり「時間」に作用する装置とも考えられ、性質の異なる二つを組み合わせることで「空間を移動する乗り物を、時間を移動するもの」へと変えているんです。これは冷凍睡眠やタイムマシンのようなSF的なイメージも感じられます。そして作品に使われているのは、作者自身が実際に乗っていた車です。日常的な物と科学技術や時間、人間の生命といった大きなテーマが重なり合っています。更に面白いのは、この作品が展示中も変化し続けることです。冷却装置を動かすと配管に霜が付き、少しずつ成長していきます。冷却装置なのでによって時間を止めることを思わせる一方、霜が育っていくことで、むしろ時間の経過を感じさせる作品でもあります。通常の作品は完成した一つの状態を見ることになりますが、この作品は時間とともに変化する姿そのものを鑑賞する作品なのです。

本作品の修復プロジェクトが始まった背景を教えてください

田口様
この作品は長期間屋外で保管されていたため、車体にはサビが広がり、塗装やゴムパッキン、機械部品にも経年による変化が生じていました。そのため、作品の冷却装置を稼働させた状態での展示は、長い間途絶えていました。そこで、「もう一度この作品を『冷蔵庫』として動かすことができないか」という声から生まれたのが、この修復プロジェクトでした。

―― 古くなった部品は新しいものと交換しているのですか。

田口様
一般的な機械や日常的に使う物なら古い部品は新しいものへ交換するものですが、美術作品の修復はそう単純にはいきません。作品が制作された当時の素材をどこまで残すのか。経年変化によって生まれたサビや傷を作品が過ごしてきた時間として残すのか。あるいは、安全に動かすためにどこまで手を加えるのか。100点満点の正解があるわけではありません。様々な選択肢の中から何を選ぶか、その理由やプロセスを残し、共有していくことが大切だと思っています。

―― もし今後、冷却装置が動かなくなってしまったら交換するのでしょうか。

田口様
動かなくなってしまった場合、一度ディスカッションが必要になると思っています。むしろ冷却装置を稼働させず、全て当時のままの状態で展示することになるかもしれません。
幸い、作品の中心となる冷却装置は、現在も制作当時のものが稼働しています。しかし、いつまで動き続けるかは分かりません。将来故障した場合に、新しい装置へ交換するのか。それとも冷えない状態で作品を残すのか。もし装置を交換すれば、冷え方や音、霜の付き方まで変わる可能性があります。こうした課題と向き合いながら、現在も作品の状態を観察し続けています。その取り組みの一つに「見守りAIR」というものがあります。

見守りAIRの皆さんの具体的な活動内容を教えてください

田口様
本プロジェクトに参加している学生やアーティストが作品の傍で日々の状態を観察し、気付いたことや来場者の反応などをノートに記録しています。《自動車冷蔵庫》は一定の状態に固定して管理する、ということが物理的にも難しい作品です。気温や湿度によって変化します。そのため、固く“管理する”というより、変化に寄り添いながら柔らかく“見守る”という感覚なんです。修復プロジェクトは作品を修復して展示すれば終わりではなく、展示している時間も含めて、作品を未来へ残していく活動なのです。

なぜ美術作品には温湿度管理が必要なのでしょうか

田口様
一見すると、美術館に展示されている作品はずっと同じ姿を保っているように見えます。
しかし、実際には周囲の環境から影響を受けながら、常に少しずつ変化しています。

―― 具体的にはどのような影響があるのでしょうか

田口様
作品が物質である以上、温度と湿度は素材の状態に直接関わります。変化のスピードが速いか遅いかという違いはありますが、どんな作品も少しずつ変化しています。例えば、紙や木は空気中の水分を吸収したり放出したりします。湿度の変化によって木が反ったり、絵具に亀裂や剥離が起きたりする場合もあります。また、湿度が高すぎればカビが発生し、反対に乾燥しすぎれば木が収縮することもあります。ただし、この温度、この湿度であればすべての作品にとって完璧という数値があるわけではありません。
作品が何でできているのか、いつ制作されたのか、現在どのような状態なのか。それぞれの作品の状態を知った上で、適した環境を考える必要があります。今回の《自動車冷蔵庫》では、温湿度が作品を保存するための情報であると同時に、霜の育ち方を知るための重要な記録にもなっています。

このプロジェクトでおんどとりを使用した理由を教えてください

田口様
美術館や修復の現場では以前からよく使われていて、私たち自身も普段から使っています。この金沢21世紀美術館でも展示室の温湿度管理で「おんどとり」を使用していることから、今回のプロジェクトでも霜がどのような条件で育つのかを考えるため、継続的に温湿度データを取得する必要があり、自然と選択肢に入りました。また、今回のプロジェクトでは美術館だけでなく、外部の研究者や技術者など複数のメンバーも関わっています。そこでポイントになったのが、無線LAN経由で離れた場所からデータを確認できることでした。

本橋様
この修復プロジェクトに関わるメンバーはそれぞれ所属が異なりますので、ネットワークとアカウントを切り分けてプロジェクトチームだけでデータを見られるようにしたかったんです。そして、おんどとりは私たちの方で定期的に何か操作をしなくても自動でデータをアップロードしてくれるので、外からデータを直接確認できる点に利便性を感じています。

―― どこにいても全員が作品の状態を確認できる状態にすることが重要だったのですね。

田口様
そうですね、ずっとみんなで見張っていられるような感じがします。現場にいなくても作品の変化をチームで共有できる。それが長期間作品を見守っていく上で、一つの安心材料になっています。

なぜ展示室で記録データをモニターに映し出しているのでしょうか

田口様
霜が育つということは、作品内部でずっと変化が起きているということです。「人間のバイタル」を見るような感じで、今まさに作品が動き続けているというその臨場感を来場者の皆様にも感じていただけるのではないかと思い、データをモニターに映し出す見せ方にしようと決めました。

来場者には、どのような体験をしてもらいたいですか

田口様
この作品は、霜の変化自体が鑑賞体験の一つです。昨日と今日では霜の状態が違います。更に1か月後にもう一度来れば霜の大きさは全然違います。時間が経つとこれだけ変わるんだ、ということを見ていただけたらと思います。温度・湿度・季節、そして時間。さまざまな条件によって作品の姿が変化するからこそ、一度見れば終わりではありません。モニターに表示された「バイタルデータ」と目の前の作品を見比べながら「今この作品の中で何が起きているのだろう」と考える。そんな楽しみ方ができる展示です。1週間後、1か月後、また更に大きく姿を変えている。そういった変化をこの作品を通して体験してもらいたいです。

※現在、本展示は終了しています。

最後に、金沢21世紀美術館へお越しになる方へメッセージをお願いします

落合様
この建物は透明性が高くて、人が入ることで美術館の風景が完成します。ぜひ自分の好きな場所を見つけて、そこに佇んでみてほしいです。また、館内には常設の作品もあれば数か月ごとに変わる展覧会、更にもっと短い期間で入れ替わる展示やイベントもあり、美術館の中でそれぞれ異なる時間が流れています。今日来たから終わりではなくて、半年後に来たらまた全然違う風景があります。いつ来ても違う楽しみ方ができる美術館なので、ぜひ何度も来ていただけたらと思います。

おわりに

取材当日は成長した霜を溶かす「解氷作業」が行われていた。解氷中は温度が上昇したが、冷却装置を稼働させるとグラフの数値はどんどん下がっていった。モニターに表示される温湿度のグラフをバイタルデータと表現されていたことが印象的で、普段は作品を管理するためのデータがここでは作品を見るための一つの要素になっていた点が新鮮だった。

この度は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

金沢21世紀美術館
見守りAIR

ライタープロフィール

Yukichi

Yukichi

東京Base所属。 星の写真撮ったりしてます。